鉄道脱線事故から見えた台湾社会の「安全意識」 現地で暮らして感じる「リスク感覚」の違い

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もっとも、日本の鉄道事故の報告例を俯瞰すると、脱線などによる事故は死傷者が出なかった事故を含め、年間数件のペースで発生しているようだ。試しに、日本と台湾の鉄道事故に関する統計を見比べてみよう。

まず、内閣府が2020年に公表した交通安全白書によると、2019年の列車事故のうち、列車衝突は2件、列車脱線は12件、踏切障害は206件、道路障害は36件、人身障害346件と報告されている。一方、台湾鉄道管理局が公表した2019年の台湾鉄路統計年報によると、列車衝突はゼロ件、列車脱線は3件、側線での脱線は2件、車両の故障は345件、踏切事故13件、死傷事故25件などの数字が報告されている。

内閣府の統計では、「踏切障害」について「踏切道において列車又は車両が道路を通行する人又は車両等と衝突し、又は接触した事故のうち列車事故に至らなかったもの」と注釈を加えており、台湾側の統計にある「踏切事故」との定義とは必ずしも一致しない。また、同じ脱線事故でも、営業中の路線と引き込み線内ではその性質も異なる。

さらに、日本の鉄道運営距離は約2万7000㎞と、台湾の1700㎞未満と比べて16倍近く長く、旅客や貨物の運輸量や密度、設備の使用年数などすべての面で条件や規模も異なるので、単純に比較できない項目も多い。そのうえで、表面の数値から見える範囲に限っていえば、台湾の鉄道だけが特に危険だとは言い難いように感じる。

まだまだ低い安全意識

では、なぜ今般の事故が発生したのだろうか。もちろん、国有企業・台湾鉄道が抱える問題――慢性的に巨額の赤字を生み出す放漫経営の体質、人手不足に起因する過重労働体質、年々進む設備の老朽化、労働者組合の強い抵抗と進まぬ合理化など、かつての旧国鉄を思い起こさせる問題の数々が、台湾鉄道の安全管理に影響していることは否めない。

しかし、今回の事故は工事車両が線路上に滑落したことが原因と指摘されていることもあり、台湾社会全体の公共安全に対する認識の甘さを事故原因と見なす向きも少なくない。

台湾紙「聯合報」は4月4日付で土木工事専門家の見方として「台湾鉄道の外部委託工事における責任所在が曖昧で、明確な施工監督の制度も欠けていた」「施工現場に防護柵が設けられていなかった。これが人災でなければ、何が人災か」などの見解を報じている。

この報道によると、工事車両がサイドブレーキをかけていたか否か、施工現場は狭小ではなかったのに、なぜ規定に反して傾斜面に工事車両を停車させたのか、建設業者が施工防災計画書と交通維持計画書を提出していたか、問題の多い業者が落札していたことを台湾鉄道側は理解していたか、など複数の疑問点が存在するという。台北市土木建築学会の余烈理事長は「政府の公共建設は業者に施工防災計画と交通維持計画書の提出を求めており、もし提出され、それが外部で審査を受けていれば、今般の事故は発生していないはずだ」との見方を示している。

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