「実の子じゃないから、私の父の存在が疎ましかったんでしょうね。親から外に出された父は手に職をつけて自立できるまでになり、自分で小さな工場と家を持ったんです。ところが、その工場の経理を父(誠一の祖父)に任せていたものだから、いつの間にか家も工場も名義を書き換えられて、祖父母に乗っ取られてしまった。父の稼ぐ金で祖父母は旅行三昧。親の愛情を知らない生育環境で大人になったから、人としての感情が育たなかったのかもしれません」
とはいえ当時の社会背景は、働くようになれば誰もが結婚をするのが当たり前の時代。知り合いから縁談を持ちかけられた誠一の父は、母と結婚をした。
「私の母は、そんな家だとは知らずに嫁いできた。だから、とにかく苦労をしたんです。経理を握っていた祖父からは、十分な生活費を渡されない。祖母からは、嫁いびりをされる。自分の夫からは、暴力を振るわれる。姉も私も父からは、よく殴られていましたよ。ただ私が中学生になって体が父よりも大きくなった頃から、私のことは殴らなくなりましたが」
体が父よりも大きくなったときに、母を殴る父を止めに入らなかったのか。
「父は何発も殴るわけではないんです。怒りを言葉で言うことができないから、先に手が出る。一発ボコーンと、渾身の力を込めてぶん殴るんです。それで母が吹っ飛んでしまう。止めるも何もその一発だけなんです。私や姉にもそうでした。ただ私は、一度も父を殴り返したことはないですよ」
そして、大人になったときに、誠一は母に言ったそうだ。
「離婚して、家を出ていってもいいんじゃない? 僕が面倒を見るよ」
すると、母は言った。
「そんなことをしたら、お父さんがかわいそうだから」
どちらの時代が幸せなのか
社会に出たら当たり前のように結婚をしていた時代は、結婚をして子どもを授かり家族という形を作らなければ、人として一人前だと見られなかった。それは、女性が、耐える、我慢をすることを強いられた時代でもあったのだろう。
そんな時代から、徐々に結婚が個人の選択に委ねられるようになり、結婚をせずに歳を重ねる人たちも多くなった。そして、30代後半、40代、50代で慌てて婚活を始める人たちが出てきた。そうした人たちは、「最後のチャンスに子どもが欲しい」と願う。
どちらの時代が幸せなのだろうか。
誠一は、働くようになってから、母を年に何回か温泉旅行に連れていくようになった。それを母は、とても楽しみにしているという。息子は父親に殴られながら育ったが、心根の優しい大人になった。それが母にとっては、一番の報いなのかもしれない。
面談のときに誠一のこんな生い立ちを聞いての婚活スタートとなった。
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