「ヅカファンとカープ女子」意外な2つの共通点 「エンタメ業界」に起死回生の一手はあるのか

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では、宝塚歌劇団や広島東洋カープは、消費者にとってのサーチコストをどのように削減しているのだろうか。

顧客側のサーチコストが発生する局面は、新しい製品やサービスを探すときと、ブランドスイッチを想定しているこの2つの場合であろう。ここでは、後者について考えてみたい。

焦点を未完成な「プロセス」に当てる

顧客がブランドスイッチを想定するのは、現在消費している商品・サービスに対して顧客が何らかの不満を感じた場合だ。サーチコストを削減するには、それを回避しなければならない。

宝塚歌劇団も広島東洋カープも、顧客の消費の対象を「プロセス」に変換することで、これを回避している。

商品・サービスの「品質」であれば、使用する顧客に共通する一定の尺度が存在する。そのいわば「結果」をもって顧客は評価を下し、効用が期待を上回れば(少なくともイコールであれば)購入を継続し、否であればブランドスイッチが起こる可能性が高くなる。

一方、当該商品・サービスの企画開発から製造、購入、利用、廃棄の一連の「プロセス」に、何らかの「物語」「ストーリー」が埋め込まれており、それを顧客が評価すれば、品質いかんにかかわらず顧客が購入を継続する。つまり、顧客の「サーチコスト」を軽減することにつながるのである。

宝塚歌劇団の場合は、歌唱やダンスの巧拙といった「品質」ではなく、「虚構としての男役」へと年月をかけて、文字通り場数を踏むことによって「男役の色気」が熟成していく「プロセス」を顧客は消費しているため、ブランドスイッチは容易に発生しない。

応援している「男役」が退団(商品で言えば廃棄)すれば、その「プロセス」を再度経験すべく、顧客の大半は若手の「男役」を「サーチ」し、同様のプロセス消費の世界へ舞い戻る。顧客満足度が高く、ゆえにブランドスイッチを必要としないため、顧客にとっての「サーチコスト」は極めて低額で済むのだ。

以上が、宝塚歌劇団と広島東洋カープの共通項である。コロナ禍によってダメージの大きなエンターテインメント業界ではあるが、完成したものではなく未完成な「プロセス」に焦点を当てることによって収益を上げるという視点こそ今後重要になってくるのではないだろうか。

森下 信雄 阪南大学流通学部准教授、元宝塚総支配人

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もりした のぶお / Nobuo Morishita

1963年、岡山県生まれ。86年、香川大学卒業後、阪急電鉄に入社。98年、宝塚歌劇団に出向。制作課長、星組プロデューサー、宝塚総支配人などを歴任。2011年、阪急電鉄を退職、関西大学等で講師を務める。18年、阪南大学流通学部専任講師、19年から現職。著書に『元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略』(KADOKAWA)、『タカラヅカの謎』(朝日新聞出版)がある。

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