「周遊券」の旅、現代の割引切符で再現できるか 国鉄時代に存在した便利な切符はほぼ姿を消す

拡大
縮小

1972年は、「DISCOVER JAPAN」キャンペーン真っただ中で、日本中の駅にこの文言のポスターが張られ、主要駅や観光地の駅ではキャンペーンのスタンプが設置された。駅売店では、このスタンプを押すためのスタンプ帳が売っていた。スタンプ帳の日本地図には、スタンプのある駅が記載されていた。

ちょうど国鉄が「ミニ周遊券」販売に力を入れた時期であった。「ワイド周遊券」は東京発北陸行きで10日間、東京発四国、九州、北海道行きは20日間と有効期間が長く、現実的ではなかった。その点、「ミニ周遊券」は7日間程度の有効期間でお手頃だったのだ。北は「函館・大沼」、南は「鹿児島・宮崎」まで32種類の「ミニ周遊券」が用意されたのである。

それにしても、当時は国内旅行に20日間かける需要があったわけで、学生の夏休みの旅行などは実際に20日間の旅も珍しくはなかった。現在よりのんびりしていたと思う。

こんなにあった周遊券の種類
●ワイド周遊券
北海道、道南、東北、南東北、信州、南近畿、北近畿、山陰、四国、北九州、九州
●ミニ周遊券
函館・大沼、青森・十和田、盛岡・八幡平、秋田・男鹿、盛岡・陸中海岸、平泉・南陸中海岸、鶴岡・酒田、仙台・松島、山形・蔵王、福島・会津磐梯、水戸・奥久慈、日光・那須、南房総、東京、名古屋・岐阜、能登・加賀温泉、越前・若狭湾、京阪神、城崎・天橋立、岡山・倉敷、津山・みまさか、福山・尾道、広島・宮島、鳥取・三朝、松江・大社、山口・秋芳洞、高松・こんぴら、徳島・鳴門、松山・足摺、福岡・唐津、長崎・佐世保、鹿児島・宮崎

財布にも優しかった周遊券

私はこの「京阪神ミニ周遊券」旅行で、「周遊券」の味を占め、1973年、中学3年の夏休みにはユースホステル会員となり、「山陰ワイド周遊券」を手に、ユースホステルを泊まり歩いていた。以降、「周遊券」の旅にはまったのである。というか、「周遊券」以外の旅をすることはほとんどなかったかもしれない。

そのため、水戸線、両毛線、真岡線など、東京から比較的近い路線はなかなか乗車機会がなかった。なぜならそれらの路線に乗れる東京からの「周遊券」がなかったからである。それほどに「周遊券」は値段的にお得で、味を占めてしまうと、普通乗車券で旅をしようとは思わなかった。周遊券がなかったら鉄道への興味も膨らまなかったように思う。

手元に残っている1972年の「京阪神ミニ周遊券」を見ると、7日間有効4400円を、学割3500円で購入している。この価格で東京から京阪神へ往復して、京阪神7日間乗り放題だったのだ。往復部分は新幹線を使わなくても、西鹿児島行き急行「桜島・高千穂」があったし、「銀河」の寝台急行券は下段1500円だった。

およそその地域への往復運賃より少し割高になるくらいの値段設定だったので、現地で何度か鉄道を利用するなら間違いなく周遊券がお得だった。旅行者に限らず出張者も多く利用した。地方からの東京出張には「東京ミニ周遊券」があり、隠れた人気切符だったはずだ。急行列車が長距離列車の主役の時代で、急行列車が1日5往復ある区間なら特急列車は1~2往復といった割合だった。

次ページ諸物価に対して交通費が安かった
関連記事
トピックボードAD
鉄道最前線の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
TSMC、NVIDIAの追い風受ける日本企業と国策ラピダスの行方
TSMC、NVIDIAの追い風受ける日本企業と国策ラピダスの行方
【動物研究家】パンク町田に密着し、知られざる一面に迫る
【動物研究家】パンク町田に密着し、知られざる一面に迫る
広告収入減に株主の圧力増大、テレビ局が直面する生存競争
広告収入減に株主の圧力増大、テレビ局が直面する生存競争
現実味が増す「トランプ再選」、政策や外交に起こりうる変化
現実味が増す「トランプ再選」、政策や外交に起こりうる変化
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT