「給料ゼロ」コロナ診療担う大学病院の深い闇 タダ働きを強いられる医師たちの切実な声

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「医師が大学院に行く主な目的は博士号を取得するためだ。博士号は将来、教授や准教授になるためには必要であり、研究を志す医師には不可欠な資格となる。この(博士号)取得には教授が絶対的な権限を持っており、(無給の診療が当然視されている)院生たちは不満の声を上げるのが難しい」。無給医問題に詳しい、全国医師ユニオン代表の植山直人医師は語る。

こうした無給医の現状は患者の不利益にも直結する。ある私大院生のC医師は「担当医がアルバイト疲れによる慢性的な睡眠不足では、医療事故のリスクは確実に高まる。病院は無給医の診療は演習、実習だというが、医療費を支払っている患者にそんな説明はしていない」と話す。

実際、若手無給医が死に至ったケースもある。2003年3月、鳥取大学の院生だった前田伴幸医師は、鳥取大学附属病院からアルバイト先の関連病院に向かう運転中に、大型トラックと正面衝突して脳挫傷で亡くなった。享年33。

前田医師は医師免許取得後、鳥取大病院などでの研修医や勤務医を経て、1999年に鳥取大大学院の博士課程に入学した。本来は亡くなった月末に博士号を取得し、翌月から県立病院に勤務するはずだった。2002年秋から鳥取大病院で診療を行っていたが無給で、関連病院のアルバイトで生計を立てていた。

雑務ほど無給医に押しつけられる

両親は過重な勤務をさせた大学と裁判で争うことを決め、弁護士を通じて勤務記録を入手すると、事故前3カ月間で完全な休日は3日のみだったことがわかった。事故前1カ月の時間外労働は200時間。事故直前の1週間は当直2日を含む徹夜勤務が4日あった。事故時も徹夜で心臓バイパス手術を行った後、そのまま関連病院に向かう途中だった。

裁判所は大学側の安全配慮義務違反を認め、労働災害も認定された。

現在、厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」で、長時間労働対策など医師の働き方について議論がされている。地域医療を担う医師や研修医などさまざまな立場の医師の働き方について論じられているが、無給医については議論の俎上にすら上がっていない。

「雑務ほど無給医に押しつけられている現状からして、働き方改革で一般医師の勤務時間が制限されることにより、無給医へ仕事のシワ寄せが行くことは必至だ」と、先の無給医のC医師は懸念する。

理不尽の塊ともいえる無給医問題を大学病院は長年にわたり放置してきた。一連の社会問題化や労基署が入れたメスを一過性のもので終わらせないためには、今後も粘り強く無給医たちが声を上げ続けるしかなさそうだ。

風間 直樹 『週刊東洋経済』編集長

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かざま・なおき / Naoki Kazama

1977年長野県生まれ。早稲田大学政経学部卒、法学研究科修了後、2001年東洋経済新報社に入社。電機、金融担当を経て、雇用労働、社会保障問題等を取材。14年8月から17年1月まで朝日新聞記者(特別報道部、経済部)。復帰後は『週刊東洋経済』副編集長を経て、19年1月から調査報道部、同年10月より現職。著書に『雇用融解』(07年)、『融解連鎖』(10年)、電子書籍に『ユニクロ 疲弊する職場』(13年)など。

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