30代以上のほとんどが「情報」を知らない!?
今、あなたの年齢はいくつですか? 「情報」という教科が、高校で学ぶ教科として設置されたのは2003年。だから、30代以上の方には、そもそも「情報」がどんな教科なのかについて説明をしなければならないだろう。
初めて高校の新教科として「情報」が登場したとき、「情報A」「情報B」「情報C」の3科目が選択必履修科目として設定された。このうちいずれかの単位を履修しなければ、高校を卒業できない単位になったわけだ。だが当時、多くの学校は「情報A」を設置して、基本的なPC操作としてWordやExcelの使い方を勉強させるのにとどまり、プログラミング学習などは積極的に行わなかったという。
では、最初に「情報」を学んだ子どもたちが高校を卒業する06年の大学入試に変化はあったのか。慶応の湘南藤沢キャンパス(以下、SFC)が「数学」でプログラミングの出題をし始めるなど、いくつかの大学の個別入試で「情報」の出題はあったものの、ごく少数の大学だったことから大きな影響はなかった。
その後、13年には学習指導要領が改定され、「情報」は「社会と情報」「情報の科学」の2科目選択必履修となるが、その教育を受けた子どもたちが卒業する16年に、SFCで初めて「情報」の入試が実施されたという。
これまで「情報」が入試の教科に入らなかった訳
「もちろん、その間『情報』を大学入試センター試験に加えることも検討されました。文部科学省など国も検討していたのですが、なかなか進まなかったのです」
こう話すのは放送大学教授の辰己丈夫氏だ。文部科学省の高大接続システム改革会議では、大学入学者選抜のあり方について、英語4技能試験や記述式問題の導入と併せて情報入試についても議論されてきた。内閣府でも、未来投資会議や統合イノベーション戦略推進会議などで情報入試の必要性が提言され、こうした動きと合わせて情報処理学会や大学入試センターなどの関連団体も情報入試について検討を重ねてきた。
今、世界的にAIやITによる技術革新が経済成長につながるといわれる中、政府もDX(デジタルトランスフォーメーション)に舵を切っている。そこで、プログラミングやAIを使いこなせる人材育成を学校教育でもやらなければならないと、国を挙げて検討してきたのである。では、なぜ今まで「情報」は入試教科に入らなかったのか。辰己氏はこう指摘する。
「これまで『情報』は選択必履修で、実際どの科目を高校で学んできたのかわからないという事情がありました。高校の実情がわからないので入試問題を作りにくい。『情報』を出題すると、受験生を失ってしまう可能性もあったからです」
その点、22年から高校で「情報I」が共通の必履修科目になる影響は大きいという。「デジタルがないと立ち行かなくなると多くの人が認知した結果」(辰己氏)と言うが、共通テストに「情報」を導入する議論が再燃しているのも、こうした背景があるからだ。
「入試に入れば、よくないこともいっぱいあります。テクニックを覚えればなんとかなる、覚えさせる授業をやればいいとなってしまう可能性があるからです。しかし、入試に入れない弊害のほうが、もっと大きい。入試の教科ではないイコール高校で力を入れてやらなくてもいい、ということが20年続いてきてしまっています。その影響で、学校現場で情報を教えられる先生が少ない。『情報の先生が学校に一人もいない』ことが珍しくなく、情報科教員の臨時免許を与えたり、ほかの教科の先生が『情報』を教えていることもよくあるのです」
だから、共通テストに「情報」が入るインパクトは大きい。しかも現行の国語、地理歴史、公民、数学、理科、外国語の6教科と並ぶ教科として「情報」が入るのだ。どれだけ「情報」で培われるスキルが重視されているかがわかるだろう。
新しいテクノロジーを学ぶことが格差解消につながる
いったい、どんな問題が出題されるのかも気になるところだ。これまでセンター試験では「情報」はなかったが、工業高校、商業高校などの「情報関係基礎」では似たような問題が出題されているという。実際その内容を見てみると、知識問題からプログラミングに近いものまで入っていて、共通テストの出題傾向を考えるうえでは参考になりそうだ。
「情報I」の教科書を見てみるのがいちばんだが、現在教科書は検定中。ただ、その全貌はわからないものの「文部科学省が公表している高等学校情報科『情報I』教員研修教材を見ると少し見えてくる」と辰己氏は紹介してくれた。
Python入門、Pythonを使ったアルゴリズム入門、シミュレーション入門など、Pythonを中心としたプログラミングやAIの基になるデータサイエンスなどを教える内容となっている。プログラミングは、20年から小学校、21年から中学校で必履修化され、それを学んだ子たちが学ぶことを見越しているのだろうが、一目で相当レベルが高いことがわかる。
「まずは教える人をつくらなければならない」と辰己氏が指摘するとおり、少なくとも、これまでのように「二足のわらじ」で教えられる内容ではない。今、少人数学級の導入においても教員の増員が議論されているが、財政面からいっても情報教員を増やすのには課題もありそうだ。
だが、こうした流れを受けて、各都道府県も情報教員の採用を少しずつだが始めている。これまでは必要な教員の半分くらいしか採用されていなかったというから、「情報I」の必履修化、さらに共通テストで「情報」が新教科として導入されれば、採用せざるをえなくなってくる。何より、社会がAIやITのようなデジタルの知見を持った人材を求めているということが大きい。
「プログラミングを含めたデジタルリテラシーを持った人材、とくに“データを読める人”が増えてほしい。さらにそれが経済格差、社会格差を縮める方向に作用してほしいと考えています」。こう話す辰己氏は、情報教育が経済、社会格差をひっくり返すトリガーになると期待を寄せる。
「今のままでは格差は拡大するばかりです。だからこそ、新しいテクノロジーは、みんなが勉強しなければならない。一部の人たちが学習して使いこなすのでは、逆に格差は拡大してしまいます。情報教育を含めたデジタルを小中高校生みんなが学ぶことで、テクノロジーが全体に広がります。これをきっかけに全員がデジタルを勉強して、格差が縮まる方に向かってくれるといいと考えています」
(写真:注記のない写真はiStock)