30歳ラッパー輪入道、高校やめて貫いた値千金

物書きとして自分の恥部もすべてさらけ出した

完全即興へのこだわりはあったが、一方形として残すのも大事だと考えていた。

23歳のときに、ファースト・アルバム、『片割れ』を発売した。アルバムの評価は高く、全国のライブハウスから声がかかるようになった。またバトルでもメジャーな大会を含めて、何度も優勝した。

その勢いのまま、テレビ番組『ブチまけろ!炎の魂 -長渕炎陣-』(BSフジ)の出演も決まった。

「オーディションでは緊張して全然質問に答えられなかったんですね。絶対に落ちた、と思ったけど結果は合格でした。なんで受かったのかわからなかったけど、受かったなら全力でやろうと思いました」

苦労しつつも最終回まで番組に出続けた。

その後、長渕剛さんのライブ『富士山麓 ALL NIGHT LIVE 2015』にゲストに呼ばれた。

観客者数10万人のライブだ。普段の大会とは規模がまったく違う。ミュージシャンとしてはとても光栄なステージだ。

順風満帆だった音楽生活に、予期せぬ健康被害が起きて……(筆者撮影)

順風満帆だったが、そんなとき、ミュージシャンとしてはかなり痛手な健康被害が起きた。

何度かリハーサルを重ねていったある日、

「キーン」

という耳鳴りがおさまらなくなったのだ。

「耳鳴りはよくあることなので、寝れば治るだろうと思いました。でも全然よくならない。結局1週間くらい放置した後に、病院に行ったら突発性難聴だと診断されて、『なぜもっと早く来なかったのか』と叱られました」

突発性難聴はそのまま治らなかった

突発性難聴は早期治療が大事だ。1週間も放っておいたのは、とてもまずかった。その日のうちに紹介状を書いてもらって大きな病院に行き、治療を受けた。

「先生には『正直完治は難しい』と言われていたんですけど、当初は楽観的に考えてたんですよね。でも治りませんでした。それ以降、片耳の聴力が70%ダウンした感じです。今は付き合い方がわかってきてだいぶ慣れましたが、左側から話しかけられると聞き取れないのでよく聞き返してしまいますね」

ただそんな災難がおこったものの『富士山麓 ALL NIGHT LIVE 2015』のゲスト出演は大成功に終わった。

生まれてこられてよかったと思った。

イベントの後は虚脱感を感じ、音楽を辞めようか悩んだほどだった。

つまずきながらも輪入道さんのラッパーとしての道のりはかなり順調だったと言えるだろう。

輪入道さんの人気が上がるのに歩を合わせるように、ラップバトルという文化自体の人気も上がっていった。

「俺がラップを始めた頃は、クラブで年齢を言うといつも驚かれたんです。今は10代でラップをやってる子に現場でよく会うけれど、その頃はどこのサイファー(複数人が輪になり即興でラップをすること)に顔を出してもだいたい自分がいちばん年下でした。

そもそもバトルで勝つためにフリースタイルを始めたわけではありませんでした。文化として定着したことで薄まってしまった部分もあると思います。

それでも大会に出続けているうちに対戦相手から、色々な刺激を受けて成長できる感覚は、経験者にしかわかりません」

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