「007最新作の配信」をAppleがあきらめた理由 あまりにも法外すぎる「権利料6億5000万ドル」

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しかし、なぜ6億5000万ドルもするのか?  それは「007」の製作費に加え、ユナイテッド・アーティスト社に払うライセンス料、世界配給の契約を結んでいるユニバーサル・ピクチャーズに支払う違約金、スーパーボウル中継番組のスポットを含むこれまでにかかった宣伝費、映画がヒットした際にクレイグや悪役を演じるラミ・マレックらに払うことになっているボーナスを考慮した結果だ。

しかし、この金額はたった12ヵ月だけ配信権を得る側にしては法外である。Amazonが『星の王子ニューヨークへ行く』続編の配信権のためにパラマウントに支払った額は1億2500万ドルと言われているし、期限付きでもない。

「007」の配信を妨げる障害はそれだけではない。実はMGMは同作の権利を半分しか持っていないのだ。残りの半分は「007」を人気シリーズに仕立て上げた映画プロデューサー、アルバート・ブロッコリの娘バーバラ・ブロッコリが経営するEONプロダクションズが所有しているのである。

彼女は劇場体験にこだわるタイプで、ネットの配信公開を聞くとすぐに反対したそうだ。高級車、上質なスーツ、マティーニなど上流階級のエレガンスを売り物にするボンド映画を自宅のテレビ画面で提供してしまうと、魅力が薄れてブランド自体に傷がつくとの懸念もあったのではないかとも推測されている。

ジェームズ・ボンド史上最大の危機

いずれにしても、最新作『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』は劇場に戻ってくる。今作はダニエル・クレイグがボンドを演じる最後の機会。彼がいったいどんなふうにチャプターを締めくくるのか、心待ちにしている人は世界中に多くいる。その感動を映画館でほかの観客と一緒に味わえるという意味では、ファンにとって朗報だ。

しかし2021年4月に「007」を見られるという保証はない。ロックダウンから7ヵ月半経った今もアメリカでは感染拡大を続けているし、イギリス、イタリア、フランス、ドイツでも映画館が再び閉鎖された。もし今の状態が続くとしたら、4月公開は夢物語にすぎない。

となると、再々延期の可能性もある。延期はいつまで繰り返されるのか? その間、出費ばかりが膨らむMGMは持ちこたえられるのか? 経営不振に悩む映画館がコロナ収束後にも残っているのか? それらの答えは、人一倍頭が切れるジェームズ・ボンドにもわからない。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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