身の回りの「モノ」というのは徐々に増えていくもので、運の悪いことに、そういったことにはなかなか気づきにくい。そしてある日気づいたら「うわ、こんなにもたくさんある……」となり、どこから手をつけたらいいのかわからず先延ばし。こうして悪循環に陥るのです。結局何もできずじまいで、やる気を失い、揚げ句「自信」まで失ってしまうのです。
5. 「すべき」とつい人に言ってしまう
「年相応の振る舞いをすべきだ」「人にはこうすべき」など、口を開けばそんな「〇〇すべき」と言ってはいないでしょうか。盲目的に「こうあるべきもの」と考え、現状に当てはめていませんでしょうか。たしかに、ある意味では「べき」という思考は有効です。不必要にエネルギーを割かなくて済みますし、心の健康にもよかったりするからです。
しかし同時に「自然と自分を追い込みやすくなる」「人間関係を悪化させやすい」など、悪影響はたくさんあります。何より「複数の選択肢にふたをしてしまっている」という問題があります。そもそも自分の価値観がつねに正しいわけではありません。ただでさえ、テクノロジーが急進し、多様性といわれるこれからの時代に、無限の可能性を瞬時に放棄してしまう「べき思考」は悪辣と言えるでしょう。
我慢が癖になっていませんか?
6.「石の上にも三年」を続けている
「みんな頑張っているんだから自分も頑張らないといけない」「歯を食いしばって頑張らないと成功はできない」などという考えをいつの間にか持ってしまってはいないでしょうか。やりたくないことを我慢してやり続けることは、やりたいことを見つけられない道を自ら進んでいることと同じです。
我慢ばかりしていると夢中になれるものが見つからなくなることさえあります。「そういうものだ」とか「仕方がない」などと言っていては、本当にやりたいことへの気持ちを抑え込んでしまう癖がついてしまいます。
私は昔から「我慢」することが大嫌いでした。だから、我慢しないようにするにはどうすればいいかと考えてきたので『努力が勝手に続いてしまう。』という本も上梓したくらいです。私は人生において「我慢」はしなくていいものではないかと思っていますし、しなくてもいい我慢というのは、本当に解決しないといけないものを見えなくしてしまう可能性があると思っています。
7. 常識人間である
「普通は」「一般的には」「みんなやってるから」などという言葉を使っているとしたら気をつけたほうがよいでしょう。常識にとらわれているということを指します。
今、世界ではとんでもない変化にさらされています。コロナウイルスももちろんですが、科学技術は類を見ないスピードで発展しており、昨日空想していたことが今日には実現していることだって夢ではなく、これまでの常識だとされているものはただ更新されていくことでしょう。つまり従来の正しかった事例は、次の瞬間から失敗事例にもなりうるわけです。
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