「株主重視の物まね」日本は世界から周回遅れだ 社会変革するリーダー論「トレイルブレイザー」

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「私は次第に、CEOには2タイプあることを確信するようになった。世界の状況をよりよくするのが自分のミッションの一部だと思っているCEOと、株主のために結果を出すこと以外には責任がないと感じているCEOだ」(319ページ)

マーク・ベニオフ氏自身、数多くの社会的取り組みを行っている。3つ紹介しよう。

1つ目。マイク・ペンス副大統領がインディアナ州知事時代に、LGBTQを差別する法案を通そうとした。マークは、あらゆるロビー活動を行い結果的に撤回に成功した。

2つ目。社内で、同じ仕事を達成していても、女性というだけで賃金格差があるとの調査結果が出た。マークは即座に、300万ドルを用意して男女で待遇が変わらなくなるように全社で是正させた。

そして3つ目。カリフォルニア州が、ホームレス向けの住宅やサービスに向けて年間3億ドルを拠出するため、大手企業から売り上げの0.5%を課税する計画を立てた。周囲の企業経営者は大反対だったが、マークは賛成に回って法案を通すことにつなげた。

いずれも企業利益にとってプラスにならないどころか、コスト面では負担になる意思決定である。しかし、企業文化や企業理念に即しているからこそ、マークは躊躇なく社会課題に向き合った。

東日本大震災では、国内企業ではキリン、ヤマト、三菱商事、ソフトバンクといった会社がいずれも100億円規模の最大級の支援を行った。いずれも、当時の経営者(キリンの磯崎社長とソフトバンクの孫社長は在任中)がリーダーシップを発揮したことが大きく継続的な支援につながっている。

企業文化を体現する存在として、リーダーこそが社会変化を起こしていく存在になるべき時代といえる。

日本の企業は、再び社会貢献でも世界をリードできるか

制度、企業文化、そしてリーダーシップの3つがそろっていることで、セールスフォースは世界的な社会貢献企業となった。そのことが従業員のロイヤルティはじめ、企業の競争力を得ることにつながっている。

一方で、SDGsやESG投資といった世界の社会貢献潮流において、日本は後れをとっているように見える。

本来、日本の経営者は社会への貢献においてもトップレベルであった。「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の三方よしの考え方は、多くの経営者が取り入れていた。

例えば、現在のみずほ銀行、東京海上、キリンなどにつながる500社以上の企業設立に関わった渋沢栄一は、日本赤十字社など、数百の社会的事業にも貢献している。日本の経営者は、アメリカにならって株主資本主義の道を近年進めてきたが、ここに来てむしろアメリカから社会性を強める企業が出てきているのは皮肉だ。

他方、40代以下の若い上場企業経営者が社会にコミットし始めている。オイシックスの高島宏平社長は、コロナ禍で奮闘する感染症指定病院に対して、80の食品メーカーと協力して10万食を届けるWeSupportプロジェクトを進めた。

クラウドワークスの吉田浩一郎社長は、大規模災害に緊急支援するNPOを設立し、今年7月の九州豪雨で苦しむ人吉球磨地域にすぐに乗り込み、地域への支援を実現させた。

いずれも実務をご一緒しているが、合理的かつ情熱的に物事を進めておられ、これまでの行政やNPOと違った社会的成果をあげつつある。

コロナ禍に伴って、日本と世界の経済社会が危機に瀕している。社会貢献を果たしている点で世界トップレベルである、マーク・ベニオフ氏のこの一冊を読んでいただきたい。本書を通じて、1人でも多くの社会性あるビジネスリーダーが生まれることを、心から期待している。

藤沢 烈 社会起業家、一般社団法人RCF代表理事

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ふじさわ れつ / Retz Fujisawa

1975年京都府生まれ。一橋大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て独立し、NPO・社会事業などに特化したコンサルティング会社を経営。東日本大震災後、RCF復興支援チーム(現・一般社団法人RCF)を設立し、情報分析や社会事業創造に取り組む傍ら、復興庁政策調査官も歴任。総務省地域力創造アドバイザー、釜石市地方創生アドバイザーも兼務。復興活動の中で小泉進次郎氏と出会い、小泉小委員会(2020年以降の経済財政構想小委員会)民間オブザーバーに就任。主な著作に『社会のために働く』(講談社)、『人生100年時代の国家戦略』(東洋経済新報社)がある。

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