対岸の民家で住民が家具を片付いているのが見えた。たくさんの消防車が止まっていた。数台のパトカーと行き違った。豪雨から1カ月以上経っているというのに、復旧作業はまだ緒に就いたばかりだ。
肥薩線では那良口―渡間に架かる球磨川第二橋梁も流失した。これらの橋は復活できるのだろうか。明治時代と現代では安全基準が異なるし、橋の強度設計も違う。さらに単に橋を作り直すのではなく、護岸工事も必要となる。だとすると、これらの橋が元通りの形で復活するのは難しいかもしれない。
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