「憎いけれど愛している」女がいる男の強烈な詩 恋に苦しむ全男性に捧げたいイタリアの古典

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宮は、奔放な性格の持ち主、そして恋多き女として知られている和泉ちゃんの屋敷を訪れたとき、情熱的な一夜を過ごせるものとばかりに思い込んでいたが、女のガードは案外固かった。脈なしだと察して、一度連絡が途絶えたものの、やはり彼女のことを忘れられず、再びアプローチ。

宮の言葉には飾りがほとんどなく、じんわりと湧き出る愛情がダイレクトに訴えられ、「恋しさに今日はまけなん」という短い表現は、本心に逆らうのをやめるという切実な敗北宣言がぎゅっと込められている。

つまり、間違っているとわかっていても、彼はそのアブナイ恋に身をまかせる覚悟ができているわけである。そして、和泉ちゃんはといえば、その気持ちを受けてもなおはぐらかし、さらにハードルを上げていくという見事なプレイを演出してみせる。

「あなた恋しさに負けた」なんて、人生で一度くらいは言われてみたいセリフである。しかし、このやりとりは決してオトコ目線で語られているわけではないということが明らかだ。どストレートで、シンプルでありながらもパッションにあふれるその表現こそ、和泉ちゃんらしい筆跡の現れそのものだ。それもそのはず。書き手は「をんな」だもの。

すべてはレディースの「自作自演」?

『源氏物語』のようなフィクションの場合、著者の視点というバイアスがかかっていることを意識しながら解読に取り掛かるというのが普通だが、歴史的人物がわんさか登場する日記となるとついつい信じてしまう。しかも、動かしがたい「証拠」であるはずの文や和歌が添えられていたら、なおさら説得力が増す。だが、はたしてそれにどれくらいの信憑性があるのだろうか。

和泉式部が日記を書いたのは、敦道親王が死んだ後とする説が有力。それはつまり、上記のやりとりが行われてから、最低でも5、6年ほどが経っているという勘定になる。その大昔にもらっていた手紙や和歌は、全部とってあったのだろうか? 作中に100首以上の和歌が収められているが、実際のやり取りを忠実に再現できているのであれば、その過去データの整理術をあやかりたいものである。

しかし、現代人が最先端のアプリを使ってもなかなかできないことを、文箱1つで実現可能なのだろうか、という疑問が湧いてくる。相手のものだけではなく、自分が送った和歌もしっかりと記録されているので、まさかコピーをとっていたの!?と、ますます怪しい。確かに『万葉集』や『古今和歌集』を丸暗記していた人たちのことだから、記憶力がかなり鍛えられていたはずだが、それにしても……。

そう考えると、日本の古典文学のページを彩るオトコたちの無神経なセリフも、凍りついた心を溶かす告白も、間抜けなお返しも、シレっと差し出される気の利いた応酬も、それらのすべてはレディースたちの自作自演であることに気がつく。

だから敦道親王の歌はシンプルで情熱的、『蜻蛉日記』に出てくる藤原兼家の作品は、作者の道綱母と同様に、縁語ばっちりで引用多め、または、『紫式部日記』に記載されている道長のちょっとした返事が知的でウイットに富んでいる……。女性の綴る言説において変身され、彼らの肉声はもうどこにも残っていない。どうりで「オトコの本音」が感じられないわけだ。

そこでめずらしくメンズに同情していたら、ふと思い浮かんだ。彼らの傷ついた心を慰めてくれる古典を。

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