ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上・下 デイヴィッド・ハルバースタム著 山田耕介・山田侑平訳 ~インタビューの積み重ねで描かれる「間違った戦争」

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ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上・下 デイヴィッド・ハルバースタム著 山田耕介・山田侑平訳 ~インタビューの積み重ねで描かれる「間違った戦争」

評者 歳川隆雄 『インサイドライン』編集長

本書は「調査報道」(インベスティゲイティブ・リポート)の鑑(かがみ)である。そして、アメリカのベトナム戦争の失敗をテーマとした姉妹編『ベスト&ブライテスト』を超える調査報道に基づいた作品である。

「インタビューはハルバースタム作品の基本であり、かれの著作には人々の話し声があふれている」(解説その1)という指摘は同感だ。改めて挙げると、多くのジャーナリストが読み、感嘆した『メディアの権力』をはじめ、『覇者の驕り』『静かなる戦争』『栄光と狂気』などである。

著者が「あとがき」で記しているように「平凡な一般人の崇高さに敬意を払うこと」が、彼のインタビューにおける基本姿勢なのだ。したがって、3万3000人の米軍戦死者を生んだ朝鮮戦争を描いた本書では、想像を絶する極寒のもとでの壮絶な戦闘を余儀なくされ、多くの戦友を失い、そして生き残った下士官・新兵の証言が中心を成している。

一方、朝鮮戦争が「間違った戦争」であったことを強く読者に印象づける件も少なくない。たとえば、同じ戦地でもトイレ付きの第10軍団司令官専用トレーラーから命令を発するアーモンド中将、さらには東京のGHQ司令部から日帰り視察しかしなかったマッカーサー総司令官など、この「間違った戦争」を指揮した将官たちを怜悧冷徹に活写している。

具体的に言えば、「地図上でしか考えない、そして別の戦争を別の場所で戦っていた」(第38連隊戦車中隊長・ヒントン中尉の証言)マッカーサーとその幕僚たちが中国の参戦を予期できなかったため、悲惨な殺戮に遭った第2師団第9連隊、第38連隊、第23連隊の東部戦線での戦闘である。各連隊で約1500人の戦死者を出す米軍事史上空前の大被害が出来したのだ。

いずれも東京にいるマッカーサーの無謀な北進命令に抗することができなかった指揮官の作戦強行が大隊レベルの壊滅をもたらしたものだ。本書には、極東総司令官マッカーサー元帥の「狂気と無能」を示す史実が詳述されている。当時の日本ではマッカーサーといえば、「無謬の権力者」としてあがめられていた。その実態を繰り返し暴くハルバースタムの意図は、恐らくブッシュ大統領のイラク戦争批判にあるのではないか。

マッカーサー司令部で起こった情報操作、国内政治に翻弄された非合理な戦争決定、この結果起こった悲劇を描くことで著者はやはり、無謀な戦いだった朝鮮戦争をイラク戦争と重ね合わせようとしたに違いない。本書の最終校正を終えた直後に自動車事故で亡くなった著者にそれを聞く機会は今やない。

David Halberstam
作家、ジャーナリスト。1934年生まれ、2007年交通事故死。ハーバード大学を卒業後、ニューヨーク・タイムズ入社、ベトナム特派員の経験などを基にした『ベスト&ブライテスト』で賞賛を浴びる。ニュージャーナリズムと呼ばれる手法を確立。

文藝春秋 各1995円 上552ページ、下524ページ


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