ROE・効率性重視では製造業が生き残れない理由 不確実性とダイナミック・ケイパビリティ  

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オーディナリー・ケイパビリティは、言うまでもなく、企業の基本的な能力である。しかし、それだけでは、競争力を維持することはできない。なぜならば、環境や状況に想定外の変化が起きた場合に、どう対応すべきかについて、オーディナリー・ケイパビリティは、何も語らないからだ。

それどころか、オーディナリー・ケイパビリティが洗練され、精緻化されていればいるほど、それを変えるコストは高くなってしまうので、いっそう変化に対応できなくなる。

例えば、オーディナリー・ケイパビリティの観点からは、生産拠点を中国に集中させることは、正解だったのかもしれない。そのほうが効率的だからだ。しかし、その効率的なサプライチェーンが、パンデミックという「不確実性」によってもろくも崩れるのを、われわれは目の当たりにしたであろう。

そこで、「不確実性」に満ちた世界では、環境や状況の変化に応じて、企業内外の資源を柔軟かつ迅速に再構成して、自己を変革する「ダイナミック・ケイパビリティ」を高めることが必要となる。要するに、何が起きるか予測ができないのであれば、何が起きても迅速に対応できる能力を強化しておくことこそが、最も有効な生存戦略だということだ。

不確実な時代における経営戦略の「ニュー・ノーマル」

慶応義塾大学商学部の菊澤研宗教授は、ダイナミック・ケイパビリティを説明するにあたり、コダックと富士フイルムを対比させている。

両社とも写真フイルムの生産販売で利益を得てきたため、デジタルカメラの普及によって苦境に立たされた。

コダックは、株主価値最大化を重視してオーディナリー・ケイパビリティに固執した結果、倒産の憂き目をみた。しかし、以前より、株主価値最大化よりもイノベーションを重視してきた富士フイルムは、既存の技術を再構成して新たな技術を生み出すことで、自己を変革して生き残った。富士フイルムは、まさにダイナミック・ケイパビリティを発揮したのである(「ダイナミック・ケイパビリティと経営戦略論」Harvard Business Review 2015年1月16日)。

このようなダイナミック・ケイパビリティこそ、コロナ危機を生き抜くうえで最も必要とされる能力ではないだろうか。「ポスト・コロナ」社会の議論が盛んだが、「ポスト・コロナ」社会の下で、相変わらず効率性やROEといったオーディナリー・ケイパビリティ重視の路線を継続するようでは、新型コロナウイルス以外の不確実性には対処できないだろう。

したがって、不確実性の時代における経営戦略の「ニュー・ノーマル」は、オーディナリー・ケイパビリティではなく、ダイナミック・ケイパビリティを重視する経営戦略となるであろう。

2020年版ものづくり白書』は、製造業がダイナミック・ケイパビリティを構築するためには、どのような経営哲学、経営戦略あるいは人材が必要になるかについて、豊富な具体的事例やデータとともに詳述しているので、ぜひ、参考にしていただきたい。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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