「キャッシュレス後進国」日本と中国の決定的差 敗因は「優先順位の付け方」を間違えたこと

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しかし、キャッシュレスにおいては、「①安心」を優先させる減点型マーケティングが得意なはずの日本企業が、なぜか加点型で「③お得」ばかりを追求してしまった。その結果、日本のキャッシュレス・サービスは、「お得だけど、まだ安全ではなく、少し不便」なものになってしまっているのだ。

ここからキャッシュレスを定着させていくためには、「まず安全、そして楽、さらにお得」という優先順位を取り戻す開発とプロモーションが不可欠になる。つまり、加点型から減点型に戻さなければならない。減点型で完璧にシステムをつくりあげてから、加点型でサービスとして飛躍させる、というルートをたどる必要があるのだ。

そして、このルートをたどることで成功を収めたのが、中国ベンチャーの雄、アリババが展開するキャッシュレス決済のアリペイだ。

なぜアリペイは成功したか?

中国では本来、EC取引そのものが信用されていなかった。「リアル店舗でも偽物が多いのだからECはなおさら危ない」というわけだ。

商品・物流・決済のすべてに信用がなかった。そこでアリババがつくったのが、アリババの消費者間EC取引「タオバオ」におけるポイント通貨「アリペイ」だった。これは日本でいえば、メルカリのメルペイにあたるものだ。

タオバオでの買い物はアリペイで取引される。いったんお金をアリペイに変え、取引中に問題が起きた場合はアリペイが全額保証することで信用を担保した。アリペイは減点型で穴のない決済サービスとしてつくられ、利用者の信用を勝ち取っていった。

アリペイはタオバオの決済手段として定着し、こつこつと利便性を向上していったが、そこから飛躍しなかった。減点型でつくられたがゆえに、小さくまとまってしまったのだ。その現状を見たアリババの創業者ジャック・マー氏は、「アリペイは腐っている!」と怒りをあらわにしたという。

マー氏は「組織の変更によってこそ、戦略は転換できる」と語り、組織をつくり替えることで減点型から加点型へビジネスを強制転換させた。そうして加点型の組織として再編されたのが、アントフィナンシャル社だ。

アントフィナンシャルは、アリペイを加点型の決済サービスとして再定義し、より広大な成長市場を開拓していった。ネットでもリアルでも、どこでもアリペイが使えるようにサービス対象を急拡大させ、衣食住や娯楽のあらゆる場面をアリペイで完結できるよう変革した。

『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

アリペイは減点型で開発・リリースされ、途中で組織を再編することで加点型へ切り替わり、サービスとして飛躍を遂げた。いまや中国は、アリペイとウィーチャットペイがあればどこでも安心して生活ができる、世界の最先端を進む「キャッシュレス先進国」だ。

日本でキャッシュレスを定着させるためには、「まず安全、そして楽、さらにお得」という優先順位に基づいて、加点型と減点型の2種類のマーケティングを有効に使い分けることが求められる。

このマーケティング戦略は、車の自動運転、ドローン配送、オンライン診療など、スーパーシティでも描かれている、新たなテクノロジーを活用した多くのビジネスに広く有益なものとなるはずだ。

永井 竜之介 高千穂大学商学部准教授

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ながい りゅうのすけ / Ryunosuke Nagai

1986年生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了の後、博士後期課程へ進学。同大学商学学術院総合研究所助手、高千穂大学商学部助教を経て2018年より現職。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。日本と中国を生活拠点として、両国のビジネス、ライフスタイル、教育等に精通し、日中の比較分析を専門的に進めている。主な著書に、『リープ・マーケティング ― 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)がある。

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