夜行列車気分を味わえる「島巡り」フェリーの旅 小さな港街から港街へ、海の上の「生活路線」

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連想したのが、今は「サンライズ瀬戸・出雲」しか残っていない寝台列車だ。

以前、上野と青森を結んでいた寝台特急「あけぼの」に乗車したとき、早朝の酒田駅で高齢者が降りていくのが見えた。今、東京から酒田に行くには、日中の上越新幹線で新潟に出て、特急「いなほ」に乗り換える必要がある。また、東海道本線を走っていたブルートレインも同様に、静岡あたりの人が直接九州を行き来するのに便利だったのではないか。

長距離を結ぶ乗り物は、途中の区間で乗り降りする人にとっても意味があるのだと思う。寝台列車などの長距離列車が減った要因の一つに、各地で高速道路などのインフラ整備が進んだことがあげられる。今回のような航路は、それが難しく、また人や貨物の流れに一定の需要があるがために、その役割を果たし続けているのだろう。

接岸するたびにコンテナの積み下ろしがある。フェリーは人だけでなく生活物資を運ぶ重要な交通だ(筆者撮影)

そして入港するたびに感心するのが貨物運搬である。フェリーが接岸するやいなや、船体から続々とコンテナがフォークリフトによって運び出され、運び込まれていく。狭い港の構内で、その動きにまったく無駄がない。これも地域の生活に必要な物資が流通していることを実感する光景である。

フェリーは翌朝にかけ、奄美大島、屋久島を経て、鹿児島に向かった。終着を知らせる船内放送でデッキに出ると、青空に白い雲をまとった桜島が見える。屋久島に向かう高速船が飛行機雲のような一直線な白波を従えながら進み、その向こうに鹿児島の街並みが広がっていた。

旅のできる日が早く戻ることを願って…

最後に、フェリーといえば旅立ちと別れである。

以前、島根県の隠岐を訪れた帰りのフェリーでのことだ。

岸壁で船を見送る人々と舞う紙テープ(筆者撮影)

デッキに見送られている男性がいた。色とりどりの紙テープを片手で掴んで、岸壁に向かって手を振っている。船は汽笛とともにゆっくり岸を離れていく。男性は、紙テープを握り締めたまま、皆が見えなくなるまで手を振りつづけていた。青空に岸壁から手放された色彩が舞ったその光景に感傷的になった。

今回も、デッキで岸を眺めながらスマホで電話をしている30代ぐらいの男性を見かけた。コンテナを運ぶ重機も去ってがらんとした港に1台の軽自動車が停まっている。

フェリーが動き出した瞬間、軽自動車のドアが不意に勢いよく開いた。幼い子ども2人が飛び出してきて、男性に向かって精一杯手を振り始めるではないか。あいにくの天気、ぎりぎりまで車の中にいたのだろう。まったくの他人である私まで感極まってしまった。

こんな日常が早く戻ってきてほしい。そのためには今、不要不急の外出をしないことが最優先だ。この騒ぎが収束したそのときには、これまでの何倍もの喜びをもたらしてくれるはずだ。

八田 裕之 週末旅行家

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はった ひろゆき / Hiroyuki Hatta

1967年生まれ。武蔵工業大学(現:東京都市大学)工学部電子通信工学科卒。JR全線完乗した鉄道ファンにして、Jリーグをこよなく愛する。平日は会社員だが休日はJリーグ遠征で全国奔走の日々。フュージョンバンド「Quiet Village」のリーダーとしてギターと作曲を担当、オリジナルアルバム発表、鉄道コンピレーションアルバム参加など、音楽活動も行う。

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