医学部が日本の大学界に圧倒的な力を持つ理由

歴史を学べばその本質がおのずと見えてくる

このような大学の中で、私が注目しているのは、戦前に設立された20の官立(国立)大学です。このうち、終戦時に廃校になった神宮皇學館大学を除く19大学は、現在も一流の国立大学としての地位を保っています。

大学のランクを評価する際に、国から配分される予算の額を用いることがあります。国立大学の場合は運営費交付金です。この評価の前提には、運営交付金の額が大きい大学ほど、多くのスタッフを抱え、さまざまな活動ができるので、レベルが高いとされています。

わが国には86の国立大学法人が存在します。2018年度予算で、運営費交付金の総額は1兆0204億円です。

運営交付金の支給額の上位19大学のうち、18大学が戦前に設立された官立大学を前身に持ちます。漏れたのは、一橋大学(旧東京商科大学)だけです。理系学部のない大学です。

一橋大学の代わりに入っているのは鹿児島大学です。一橋大学と違い、医学部や工学部など理系学部を有します。

鹿児島大学の歴史は古い

では、なぜ鹿児島大学がここに出てくるのでしょうか。これも歴史が関係します。鹿児島大学の歴史は古いのです。前身は旧薩摩藩の藩校造士館、および旧第七高等学校です。旧制第七高等学校は、1901年(明治34年)に、わが国で7番目に設立された旧制高校、俗に言うナンバースクールです。

東京大学の教養学部の前身は旧制第一高等学校。ナンバースクールは、エリートが進学する学校でした。鹿児島には、このように他の地区に先駆けて、高等教育機関が設立されています。もちろん、これは明治政府を仕切っていたのが、薩長を中心とした勢力であったためでしょう。

ただ、鹿児島は、完全な勝ち組ではありませんでした。1877年(明治10年)の西南戦争で、西郷隆盛率いる旧士族たちは、新政府軍に敗れ去っているからです。このことは、鹿児島の教育にも大きく影響しているようです 。第1から第8まであるナンバースクールの所在地のうち、戦前に官立大学が設置されなかったのは鹿児島だけです。鹿児島出身者は「もし、西南戦争で薩摩が負けなければ、鹿児島には鹿児島帝国大学ができていただろう」と言います。

意外に思われるかも知れませんが、このように、わが国の高等教育は、明治から戦前にかけての歴史の影響が、現在も残っているのです。ただ、これはある意味で当然です。教育制度を含む近代日本の礎が、明治から戦前にかけて完成しているのですから。

戦前の大学教育を考える上で、もう1つ注目すべきことがあります。それは、わが国の大学教育システムが発展する上で、医学部の影響が大きかったことです。

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