ひきこもりを40年隠し続けた家族の強烈な孤立 自己責任論から「恥ずかしくて」周りに頼れない

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正雄さんは、公的支援は当然ながら、病院にも行っていない。母親も病院嫌いのため、これまで息子を受診させようとしてこなかった。

こうして、本人は「精神疾患でも障害でもない」、親も「うちの子は病気や障害ではない」と否定し、障害認定を受けていないため、支援の制度に乗れない、乗せられないのは、ひきこもりという状態の特徴である。まさに、制度の狭間に置き去りにされてきた課題と言える。

芳子さん曰く、穏やかで優しい正雄さんは「自分なんかが長生きしたら、芳子に迷惑がかかる」と思っているため、病院に行きたがらないのではないかと推測する。

「20年前に父親が亡くなったとき、すでに20年以上ひきこもり状態だった兄が頑張って、喪主挨拶をしてくれたこともありました。もっと早くに、父や母が第三者に相談をしていれば、今の状態にはなっていなかったのではないかと後悔しています。外に出られないわけではなく、亡くなった父親の墓参りに、年に1回は一緒に出かけています。ただ、肝心な話をすることはできないので、どうしたら第三者とつながってくれるのか、と悩んでいます」

未診断のため、障害年金の申請もできないし、持ち家があり、生活が何とかなっているため、生活保護の申請もしていない。年齢的に、国民年金の受給もまだ先だ。

「恥ずかしいから」とその存在を隠し、支援とつながることがないまま、時が経ってしまったケースでもある。

「隠される存在」であることが重荷に

中川さん一家のように、右肩上がりの高度経済成長期を引っ張ってきた親世代の価値観からすれば、ひきこもって働いていない子の存在が恥ずかしく、知られたくないからとその存在を隠し、さらには、うまくいっている家を演じている家族は多い。そんな親の態度を子どもが知ると、自分が親から隠される存在であることを感じて、ますます重荷に感じてしまい、動き出すことができなくなる。

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子は「自分は隠されるべき存在なんだ」と思うと、ほとんど監禁状態のようになり、本人たちはどうすればいいのか、どう生きていけばいいのかわからなくなってしまう。精神的にもどんどん内にこもっていく。

そんな状態が長く続けば、もしも親が「このままではいけない」とようやくアクションを起こそうとするようなことがあっても、すでに本人との信頼関係が崩れていて、コミュニケーションすらとることができず、何をやっても手遅れになってしまうだろう。

最も大切にするべきなのは、何もしなくてもいい、自分が幸せに生きているのなら、それでいいという生きることの意義である。世間体や他人との比較、評価を気にせず、生きることを最優先に考えるように社会全体を変えていく必要がある。

池上 正樹 ジャーナリスト

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いけがみ まさき / Masaki Ikegami

1962年生まれ。通信社などを経てフリーに。著書に『大人のひきこもり』(講談社現代新書)など。

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