ひきこもりを40年隠し続けた家族の強烈な孤立 自己責任論から「恥ずかしくて」周りに頼れない

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「父親は、とある大企業で役職についていました。エリート意識がとても強くて、口癖のように『大学というのは東大、京大、一橋のことを言うんだ』と言っていました。私たちは3人兄弟で、ほかに長男である兄がいました。次男の正雄は、勉強ができたので、いちばんかわいがられてはいました。

一方で、父は私たち兄弟3人に向かって、『お前たちは失敗作だ』と言ってくるんですね。大人になってからは、『大企業に入れないお前たちはクズだ』とか。子どもの能力をすごくバカにしていました。母親は完全に父親の言いなりなので、それに対して、どうと言うこともありませんでした」

実は、芳子さん自身も、中学時代の転校がキッカケとなり、一時的に不登校になっていた時期があった。そのことで学校から父親が呼び出されたことがあったが、見栄っぱりだった父親は「自分は海外に出張していて、知らなかったということにしよう」と言ったという。

「そんな父親ですから、当然、兄が大人になってから、ひきこもり状態になったことは、誰にも相談しませんでしたし、恥ずかしくてひた隠しにしていました。周りの親族も、大企業勤めや医者ばかりでしたから、母親も父親と同様に、誰にも相談していません」(芳子さん)

このように誰にも相談することがなかったことから、当然、公的な支援を受けることもなく、家族は社会から孤立してしまった。

経済面も健康面もギリギリの状態

「調理師の世界や、あるいはその職場が向いていないのであれば、こういう仕事もあるとか、必ずしも仕事ではなくても、地域にこんな居場所があるとか、そういう情報をいろんな人から聞いてくるとか、アクションを早い段階で起こしていれば、今の状況も違った展開になっていたのかもしれません」

父親は、正雄さんがひきこもってから約20年後、今から20年前にがんで亡くなっている。現在、母親は90歳。幸いなことに、大きな病気やケガをすることもなく、今は実家で、普通どおりの生活ができているという。だが、糖尿病を患っており、年々、歩行するのも困難になってきている。

芳子さんは、こう不安を吐露する。

「収入は、父親が残した年金と、母親が現在受給している年金のみです。家は持ち家のため、2人で生活する分は、ギリギリなんとかなっていますが、母親が亡くなってしまったら、兄の生活は、立ち行かなくなると思います。固定資産税とか火災保険とか払えなくなると思いますし……。経済面でも健康面でも、悩みだすとキリがありません。

母に介護が必要になったら、母が入院してしまったら、母が亡くなってしまったら、兄はどうなるんだろう……。『その日』が訪れるのは、導火線に火がついたように、間近であるように感じていて、日々、戦々恐々としています」

食事は母親がつくり、兄が自室、母親がリビングでバラバラに食べる。日々の買い物や洗濯、ゴミ出しなどの家事全般も、母親がすべて1人で行っている。

次ページ病院にも行っていないため、支援制度に乗れず
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