マタハラ裁判、高裁が下した衝撃判決の中身 一審での勝訴はなぜ大きく覆ったのか
阿部裁判長が二審の判決主文を読み上げると、法廷はどよめいた。今回の判決でも正社員の地位の請求は棄却された。女性を正社員にする努力をJBL社が怠ったとした「損害金2283万4000円と年5分の割合」の支払い請求も棄却。一審では無効とされた契約社員としての雇い止めが認められた。
損害賠償請求は、女性が行った提訴の記者会見や報道機関に話した内容が事実と異なりJBL社への名誉毀損に当たるとして、女性に約55万円の支払いを命じた。会社側には、女性に対するプライバシーの侵害があったと約5万円の支払いを命じたが、会社側が逆転勝訴。マタハラはなかったという判断が下された。
裁判官が入室する前、紺色のスリーピースに身を包んだ女性は隣に座る弁護士と時折笑みを浮かべていたが、判決が言い渡された瞬間、表情は硬くなった。次に判決理由が読み上げられると女性は目を大きく見張り、何度も裁判長のほうに顔を向けた。JBL社の杉村貴子社長は、着席してから閉廷するまでずっと目をつぶって裁判長の言葉に耳を傾けていた。
社員数20人程度のJBL社は1年前、一審判決で敗訴しマタハラ企業の烙印を押されたことで、民間の任意団体から「ブラック企業大賞」にもノミネートされた。マタハラ問題を含め労働問題を15年にわたってライフワークとする筆者は、この裁判に関心を寄せ、一審と二審の裁判資料のすべてを閲覧。裁判と並行して行われた労働委員会も傍聴した。逆転判決が出たこの裁判は、そもそもなぜ起こったのか。話は6年前にさかのぼる。
育児休業の取得第1号となった原告女性
原告の女性(38)は、2008年にJBL社に正社員として入社。社会人向けの語学スクール部門のコーチ職として育児休業を取得する第1号となった。
コーチは平日15時頃に出勤して22時頃まで働き、土日の講座も多い。結婚・出産を控えた女性社員が8割を占めるなか、辞めずに子育てと両立できるよう、社員の話し合いをもとに就業規則が変更された。
一般的に「育児短時間勤務」といえば1日6~7時間労働だが、同社の正社員はもともと所定労働時間が7時間と短く、週5日勤務を条件に1日4時間の時短を可能とした。それに加え、1年更新の契約社員として週3~4日、1日4~6時間の働き方も設けた。雇用形態を示す表には「契約社員(1年更新)は、本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提」とされた。
2013年、女性は都内で女児を出産。1年の育休中に預ける保育園がなく、育休を半年延長した。それでも保育園が見つからないと、休職を申し出たが認められず、会社の新たな制度を利用して、土日と平日に1日の週3日、1日4時間勤務の契約社員として復帰することになった。正社員の時の月給は、みなし残業代込みで約48万円。契約社員の労働時間数では月給が約10万円になることから、女性は早期の正社員復帰を望んだ。
2014年9月に復帰後の初出社を迎え、その5日後、女性は「申し込みをしていた保育園十数園のうちの1つが10月から空きが出るとの連絡を受けた」と、上司に10月から正社員に戻ることを要望した。しかし、すでに複雑なシフトが組まれていたこともあり、会社側は「すぐには難しい。まずは週3日で慣れてからにしてはどうか」と返答した。ここから、円満だった両者の関係が変わっていく。