人間の愚かさを決して過小評価してはいけない

ユヴァル・ノア・ハラリが説く「戦争」の本質

敬虔なイスラム教徒は、預言者ムハンマド以前の歴史はすべて、おおむね無意味だと見なし、クルアーンの啓示以後の歴史はすべてイスラム教の共同体(ウンマ)を中心に回っていると考えている。主な例外はトルコとイランとエジプトのナショナリストたちで、彼らはムハンマド以前でさえ、自分たちの国こそが人類にまつわるすべての善きことの源泉だったし、クルアーンの啓示以後でさえ、イスラムの純粋さを保ち、その栄光を広めたのは主に自分たちの民族だと主張する。

イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、ロシア、日本をはじめ、他の無数の集団も同じように、彼らの国の目覚ましい業績がなければ、人類は野蛮で不道徳な無知のうちに暮らしていただろうと確信していることは言うまでもない。自分たちの政治制度や宗教慣行が物理の諸法則そのものにとって不可欠だとさえ考えている民族も、過去にはあった。たとえばアステカ族の人々は、毎年行なっている生贄(いけにえ)の儀式がなければ、太陽は昇らず、全宇宙が崩壊すると、固く信じていた。

自己の過大評価ほど滑稽なことはない

こうした主張はすべて間違っている。それらはあえて歴史に目をつぶり、人種差別の気持ちを少なからず抱いている結果だ。人間が全世界に住みついたときにも、動植物を家畜化・栽培化したときにも、最初の都市を建設したときにも、書字や貨幣を発明したときにも、今日の宗教や国家のどれ1つとして存在していなかった。道徳性や芸術、霊性、創造性は、私たちのDNAに刻みつけられた普遍的な人間の能力だ。その起源は石器時代のアフリカにある。したがって、黄帝の時代の中国だろうと、プラトンの時代のギリシアだろうと、ムハンマドの時代のアラビアだろうと、そうした能力をもっと新しい場所や時間のものと見なすのは、うぬぼれもはなはだしい。

かく言う私もその手のはなはだしいうぬぼれは、嫌と言うほどよく知っている。なぜなら、私自身が所属する民族であるユダヤ人も、自分たちこそ世界でいちばん重要だと考えているからだ。人間の偉業や発明のどれを選んだとしても、たちまち自分たちの手柄にしてしまう。そして、私は彼らと慣れ親しんでいるので、彼らがそのような主張を心から信じていることも承知している。私はあるとき、イスラエルでヨガ教室に行った。指導していた先生は入門クラスの受講生に、真剣そのもので次のように説明した。

ヨガを発明したのはユダヤ人の始祖アブラハムであり、ヨガの基本ポーズはすべて、ヘブライ文字の形に由来する、と(たとえば、トリコナーサナのポーズはヘブライ文字の「アーレフ」、バランシングスティックのポーズは「ダレット」をそれぞれ真似ているといった具合だ)! アブラハムはこれらのポーズを、側女(そばめ)の1人に産ませた息子に教え、その息子がインドに行って、ヨガをインド人に教えた。

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証拠はありますか、と私が訊くと、その先生は、聖書の一節を引用した。「アブラハムは……側女の子らには贈り物を与え、まだ自分が生きている間に東の方にあるケデムの地に移住させ、息子イサクから遠ざけた」(「創世記」第25章5・6節より。聖書協会共同訳より)。あなたはその贈り物とは何だったと思うだろうか? というわけで、ヨガですら、じつはユダヤ人が発明したというわけだ。

アブラハムがヨガの創案者というのは、主流から外れた考え方だ。とはいえユダヤ教の主流派は、全宇宙はユダヤ教のラビが聖典を学べるようにする、まさにそのために存在し、もしユダヤ教徒が聖典を学ぶのをやめたら、宇宙は終わりを迎えると真顔で主張する。エルサレムやブルックリンのラビがタルムードを論じるのをやめたら、中国、インド、オーストラリア、さらには彼方の銀河の数々までもが消し去られてしまうという。これは正統派ユダヤ教徒の中心的な信仰信条で、万一それを疑おうとするような人がいたら、その人は無知な愚か者と見なされる。非宗教的なユダヤ人はこの大げさな主張には多少懐疑的かもしれないが、彼らもユダヤ民族は歴史の主人公であり、人間の道徳性と霊性と学識の究極の源だと信じている。

私の民族は、数と真の影響力の不足を、厚かましさで補って余りある。外国人を批判するよりも自分自身の民族を批判するほうが礼儀に適っているので、ユダヤ教の例を使って、そのように自己を過大評価する物語がどれほど滑稽かを、これから説明するので、世界中の読者の方々は、自分の部族や民族が膨らませたバブルを自らの手で弾けさせてほしい。

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