小児がん患者「感染症かかりやすい」切実な悩み 予防接種で得た免疫力が治療過程で低下・消失

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がん治療、とくに抗がん剤を投与された小児患者は、免疫がリセットされてしまっており、水痘など多くの感染症にかかりやすくなっている。ところが、保護者はもちろん、医師までもが予防接種の追加の必要性を認識していない。

とくに経済面で恵まれない家庭の子どもにも接種できるようにするには予算措置が必要だが、議論されることはほとんどない。国立がん研究センターの推計によれば、わが国で小児(0~14歳)のがん発症数は年間に約2100例、15~19歳を含めて約3000例だ。さまざまなワクチンの再接種の総費用を1人当たり20万円としても年間費用は6億円となる。

アメリカの場合、疾病予防管理センター(CDC)が、12種類の病原体に対して、9つのワクチンを推奨している。

グローバル化の加速で感染症対策は喫緊の課題だが…

今年はインフルエンザの流行が例年より早く始まったことは示唆に富む。ラグビーワールドカップを観戦するため、流行地の南半球から多くの人がやってきたからだ。

流行はインフルエンザに限らない。近年、わが国では麻疹(はしか)や風疹の流行が続いている。これはグローバル化の加速により、東南アジアなどの蔓延地域との行き来が拡大しているからだ。小児がん患者は危機にさらされている。

海に囲まれた島国のせいだろうか、がん経験者の免疫状態について日本人を対象とした研究は少ないが、海外からは多くの研究が報告されている。ドイツの医師は27%、19%、17%のがん経験者で麻疹、風疹、水痘の免疫がなかったという。

麻疹はとくに危険で、免疫抑制状態の人がかかった場合、脳炎や肺炎で死亡することが少なくない。空気感染するため、伝染力は強い。小児科病棟などに入り込むと、多くの患者が犠牲となる。

問題は、これだけではない。サウジアラビアの研究者は、47%、62%、17%のがん経験者がジフテリア、破傷風、ポリオの免疫がなかったと報告している。これは幼児期に接種される3種混合ワクチンがカバーする病原体だ。がん治療で免疫が消失してしまったことになる。

大量の抗がん剤を用いる自家骨髄移植を受けた患者に限定すれば、87%の患者で百日咳の免疫を持たなかったという報告もある。

いずれの感染症もがん経験者がかかると重篤化しやすいが、わが国では、再接種をしようという動きはない。

インフルエンザワクチンは毎年、破傷風・ジフテリア・百日咳ワクチンは、3種混合で1回、10年ごとに百日咳・ジフテリアを追加、帯状疱疹ワクチンは医師と相談してという感じだ。接種費用は公費で賄われるか、加入する保険会社が全額負担することが法律で義務づけられている。

グローバル化が加速する世界で、感染症対策は喫緊の課題だ。来年は東京五輪が開催され、多くの外国人がやってくる。その中には伝染病が蔓延する地域の人もいる。厚労省にはワクチン接種体制の強化を望みたいところだが、がんを経験したお子さんをもつ人に、厚労省の動きを待っている余裕はなさそうだ。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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