ユヴァル・ノア・ハラリが警告する「データの罠」 所有権統制なければ権力と富はなお集中する

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人間と機械は完全に融合し、人間はネットワークとの接続を絶たれれば、まったく生き延びられないようになるかもしれない。子宮の中にいるうちからネットワークに接続され、その後、接続を絶つことを選べば、保険代理店からは保険加入を拒否され、雇用者からは雇用を拒否され、医療サービスからは医療を拒否されかねない。健康とプライバシーが正面衝突したら、健康の圧勝に終わる可能性が高い。

あなたの体や脳からバイオメトリックセンサーを通してスマートマシンへ流れるデータが増えるにつれて、企業や政府機関は簡単にあなたを知ったり、操作したり、あなたに代わって決定を下したりするようになる。なおさら重要なのだが、企業や政府機関は、すべての体と脳の難解なメカニズムを解読し、それによって生命を創り出す力を獲得しうる。そのような神のような力を一握りのエリートが独占するのを防ぎたければ、そして、人間が生物学的なカーストに分かれるのを防ぎたければ、肝心の疑問は、誰がデータを制するか、だ。私のDNAや脳や人生についてのデータは私のものなのか、政府のものなのか、どこかの企業のものなのか、人類という共同体のものなのか?

政府にそのデータを国有化するよう義務づければ、おそらく大企業の力を制限できるが、ぞっとするようなデジタル独裁国家を誕生させかねない。政治家はミュージシャンのようなもので、彼らが演奏する楽器は人間の情動系と生化学系だ。彼らが演説を行なう。すると国中に恐れの波が拡がる。彼らがツイートする。すると憎しみの爆発が起こる。こうしたミュージシャンにこれ以上高性能の楽器を与えて演奏させるべきではないと思う。

いったん政治家が、直接私たちの情動のスイッチを入れて、不安や憎しみ、喜び、退屈を意のままに生み出せるようになれば、政治はただの情動操作の茶番と化すだろう。私たちは大企業の力を恐れるべきではあるが、歴史を振り返ると、やたらに強力な政府の管理下に置かれるほうが必ずしもましではないことが見て取れる。

2018年3月現在、私は自分のデータを提供するのならウラジーミル・プーチンよりもマーク・ザッカーバーグのほうがましな気がする(もっとも、ケンブリッジ・アナリティカ・スキャンダル〔訳註 データ分析会社のケンブリッジ・アナリティカがフェイスブックユーザーのデータを不正に収集したとされる事件〕からは、あまり選択の余地がないことが明らかになった。ザッカーバーグに託したデータは何であれ、プーチンの手に落ちる可能性が十分あるからだ)。

データの個人所有をどう守り、規制べきか

自分自身のデータの個人所有は、前述のどちらの選択肢よりも魅力的に思えるかもしれないが、それが実際には何を意味するかははっきりしない。私たちは土地の所有の規制については、何千年にも及ぶ経験がある。農地の周りに柵を巡らし、門に番人を置き、出入りを制限する方法は心得ている。

過去2世紀の間に、私たちは産業の所有を非常に巧妙に規制するようになった。たとえば、今日私は株式を買うことで、ゼネラルモーターズやトヨタの一部を所有できる。だが私たちには、データの所有を規制する経験はあまりない。それは本質的に、はるかに難しい任務だ。データは土地や機械とは違い、どこにでもあると同時にどこにもなく、光速で移動でき、好きなだけコピーを作れるからだ。

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だから私たちは弁護士や政治家、哲学者、さらには詩人にさえも、この難問、すなわちデータの所有をどう規制するかという問題に注意を向けるよう求めたほうがいい。これこそおそらく、私たちの時代の最も重要な政治的疑問だろう。早々にこの疑問に答えられなければ、私たちの社会政治制度は崩壊しかねない。人々はすでに、来るべき大変動に感づいている。だから世界中の人々が自由主義の物語への信頼を失いかけているのかもしれない。ほんの10年前にはたまらないほど魅力的に見えた、自由主義の物語への信頼を。

それでは、私たちはここからどうやって前へ進み、バイオテクノロジー革命とIT革命がもたらす途方もない課題の数々に対処するべきなのか? そもそも世界を混乱させた当の科学者や起業家が、ひょっとしたら何らかのテクノロジー上の解決策を立案できるだろうか? たとえば、ネットワーク化されたアルゴリズムは、あらゆるデータを集団的に所有し、将来における生命の発展を監督するグローバルな人間コミュニティの足場を形成できるだろうか? グローバルな不平等が増し、社会的な緊張が世界中で強まったら、ことによるとマーク・ザッカーバーグは、自分の20億の友達に呼びかけ、力を合わせて何かいっしょにやろうとするだろうか?

ユヴァル・ノア・ハラリ 歴史学者

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Yuval Noah Harari

1976年生まれ。イスラエル出身。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。著書『サピエンス全史』『ホモ・デウス』は世界的なベストセラーとなった。

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