2人と待ち合わせたのは、都内にある整体院。恵美子さんの勤務先の1つであり、院長先生の好意で待合スペースを使わせてくれるという。恵美子さんは看護師のような制服に身を包んで髪を後ろにまとめた凛々しい姿。その隣には、相変わらず困ったような表情を浮かべた隆之さんが座っている。恵美子さんによれば、隆之さんは取材を受けるのが嫌なわけではない。
「彼はノリじゃないところで考えて話す人です。私は女友達などとノリで話すことはありますが、深いところでは会話が成立していなかったりします。隆之さんはナチュラルな話し方ではないけれど、ちゃんと会話が成立している。会話というより対話。そういう人って希少だと思うのです」
隆之さんはちゃんと考えて自分の言葉で話そうとするので不思議なリズムと表情になっているらしい。ならば、こちらも「ノリ」は気にせずに聞きたいことをゆっくり聞こう。隆之さんは恵美子さんと出会うまでは結婚願望はなかったのだろうか。
「恋愛経験はないに等しいです。相手がいないから仕方ないだろうと思ってきた20代、30代、そして40代でした。……私はそもそも他人との距離の取り方がよくわかりません。仕事場で学習した距離の取り方からはみ出さないようにしています。今日はこれをしようと思ったことはそのとおりにやることができます。それ以外は、自分には縁遠いことだと思っていました」
2人が出会うまで
かつては大学院で哲学を研究していたという隆之さん。考えすぎる性質なのだろうか。「やりたい仕事」が思いつかず、担当教授との折り合いも付けられず、大学院は中退。ビデオ店の店員などをしながら一人暮らしを続けていた。
10年ほど前に、ようやく適職を見つけた。講師業だ。現在は、小中学生向けの進学塾と日本語学校をかけもちして働いている。
自分が決めたことからはみ出さずに暮らしてきたと語る隆之さん。ただし、他人に関心がないわけではない。さまざまな人の文章を読み、興味があればイベントなどにも出かけていく。
ある女性作家のファンになり、その人が主催するイベントで知り合ったのが恵美子さんだった。今から3年前のことだ。隆之さんは恵美子さんとの楽しい会話を今でも覚えている。
「執着について語り合いました。恵美子さんとは話が合って面白かったです」
初対面の相手との話題が「執着」。さすが哲学系だ。それに応じるほうもすごいと思うが、恵美子さんは何を話したかはまったく覚えていない。
「でも、隆之さんは変わった感じの人なので面白いなとは思いました」
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