投票率8割の国が「民主主義の危機」を警戒の訳 スウェーデン取材で見えた日本に通じる課題
翌朝は、ラトヴィア、南アフリカ、ザンビア、インドネシア、韓国、ギリシャ、ロシア、マレーシア、イスラエル、トルコの記者たちと一緒に専門家の話を聞いた。
なかでも印象的だったのは「民主主義は投票のことではない」というレナ・ポズナー・コロシさんの言葉だ。コロシさんは、心理学の博士号を持つコンサルタントで、スウェーデンの民主主義大使を務める。
両親はロシアやドイツから迫害を逃れてスウェーデンに移住したユダヤ人だ。コロシさん自身がスウェーデン・ユダヤ人会で代表を務める。
歴史を振り返ると、1930年代、ドイツで民主的手続きによって選ばれたナチスが、史上まれにみる人権侵害をユダヤ人に対して行った。スウェーデンを含む欧州では、近年、ネオナチと呼ばれるナチズムに傾倒するグループの存在が目立つ。こうした動きは「ホロコースト第2世代」を自認するコロシさんには同胞の生命と安全に関わる民主主義の危機と映る。
例えば、スウェーデン国内でも、ユダヤ人が講演をする会場にナチスの鉤十字(ハーケンクロイツ)の入れ墨をした人物が黙って前列に座って威圧する例が見られるという。たとえその人が何も言わなくても、鉤十字の旗のもとで実施されたユダヤ人絶滅計画を想起せずにいられないから、これはユダヤ人の講演者に対する脅しになる。
疎外されたと感じた人々が過激思想に引き寄せられる
「少数派の表現の自由が過激派によって脅かされている。今、スウェーデンには『社会に包摂されていない』と感じている人が多くいます。これは社会不信をもたらし、民主主義の危機につながる危険な兆候です」とコロシさんは言う。
ネオナチに惹かれる人たちの多くが、自分たちこそ今の社会で虐げられている、という被害者意識を持っている。疎外されたと感じる人々が過激思想に引き寄せられる。そんな構造を知ると、社会的包摂は弱者保護の問題にとどまらず、民主主義の問題になるのだろう。
コロシさんが提起した問題に正面から応えようとしているものの1つが、ストックホルムにある国立歴史博物館だ。入場無料の博物館の入り口近くに、こんなメッセージが書かれていた。
“History is important for democracy.(歴史は民主主義にとって重要です)”
ちょうど、博物館ではホロコーストに関する特別展が開催されていた。第2次世界大戦後にスウェーデンに移住した1万人のユダヤ人のうち、生存を確認できインタビューに応じた人たちの写真とライフストーリーを見せる。
パネルにはポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ドイツなど欧州各国から迫害を逃れてきた人たちの体験や、戦後の暮らしについて記されている。4カ所もの収容所を生き延びた人、祖母に二度と会えなかった人、スウェーデンに来て5年後に家族と再会できた人、家族親族が全員殺された人と、その体験はさまざまだ。
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