老人ホームで「殺してくれ」と叫ぶ高齢者の実情 スタッフに笑顔で接する裏側にある"本音"

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有料老人ホームの利用価格にもよるが、高級なところに入居している老人の現役時代の職業は、医者、弁護士、会社役員などの社会的地位が高いものが多い。なので、わたしの家もそうだが、あまりお金のない家は有料老人ホーム入居の選択肢がないので、気がラクだ。

家族としては、決して親を見捨てたわけではないが、温かい住み慣れた自宅から、知らない老人ばかりの施設に移るのは、誰にとっても寂しくつらいことだ。

親を老人ホームに入れることのできた家族は、胸をなでおろす。老人ホームに入れば、食事、入浴、下の世話をスタッフがしてくれるからだ。ときどき、外から歌や踊りを披露する人が来てくれて、楽しませてもくれる。

しかし、ここが最後の場所である老人たちにとり、言い方は悪いがここは独房のようなものだ。もちろん人によりけりで、老人ホームでの生活を楽しんでいる人もいる。でも表面上は楽しく見えるだけで、心の中は寂しい人も多いはずだ。

先日、老人ホームで働いているという40代の女性に会った。彼女からホームの裏話が聞けると期待していたが、出たセリフは、「老人ホームに入っているお年寄りは幸せですよ」だったのには驚いた。「精神的に疲弊しているお年寄りをたくさん見てきているけど」とわたしが言うと、「そんなことないですよ。みなさん感謝してくれているし、楽しく過ごしてますよ」と彼女は答えた。

お年寄りは、ここで嫌われたら逃げ場がない

わたしの見方は偏見だったのか。しかし後日、親を預けている友人にこの話をすると首を大きく横に振った。

「うちの母は90歳からお世話になってますが、スタッフには気を遣っていますよ。利用者のお年寄りはここで嫌われたら逃げ場がないので、ニコニコと文句も言わず“ありがとう”と言うのよ。そのスタッフさんは鈍感ね。若いから、老人の気持ちがわからないのね」

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そして彼女は言った。「スタッフのあなたはいい。仕事を終えて帰宅すれば、自分の自由の時間なのだから。でも、入所者はここが暮らしの場なのよ。彼女たちには帰るところはないんだから」。

スタッフにそこまで考えてほしいと言う気はないが、他人の世話になって暮らすというのは、家族が想像する以上に寂しいことだと彼女はつけ加えた。親をホームに入れるときは、親も娘も泣きながら決断するのだ。

以前訪ねた高級有料老人ホームで見た男性の姿を、わたしは忘れることができない。みんなから離れた席で1人の食事が終わると、窓辺に静かに車いすで移動し、ただ外を見ていたあの姿を。

おそらく現役のときは、それなりの役職に就いていた方に違いない。きちんとした身なりと凛(りん)とした後ろ姿でわかる。でもここでは、若いスタッフと共通の話題もなく、会話を楽しめる入居者もいないのだろう。

ホームの存在は助かるが、安心して最後まで暮らせる場所に入れただけでは、人は幸せにはなれないと、つくづく考えさせられる光景だった。

松原惇子(まつばら じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表理事。著書に『老後ひとりぼっち』『長生き地獄』(以上、SBクリエイティブ)、『母の老い方観察記録』(海竜社)など。最新刊は『孤独こそ最高の老後』(SBクリエイティブ)。
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