ドイツに財政出動を期待してもダメなワケ 国民の借金嫌いに連立政権は不安定

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対するCDU内もメルケル首相の後継者争いが引き続き流動的だ。昨年12月に党首に就任したクランプ=カレンバウアー氏は後継候補の最右翼と目されてきたが、党首就任後の相次ぐ失言や選挙戦での低調なパフォーマンスを受けて、後継者としての資質を疑問視する声が浮上している。欧州委員会の次期委員長に就任するフォン・デア・ライエン氏の後任として7月から国防相を兼務するが、装備不足や不正疑惑に揺れる同ポストはドイツの政治家にとって鬼門とされる。国防相として実績を残せない場合、ポスト・メルケルの座は白紙に戻る。

その場合、クランプ=カレンバウア氏と党首選を争った党内右派のメルツ氏や若手改革派のシュパーン氏などが後継者候補として再浮上することもあり得る。連立を組む2党がそれぞれ右傾化・左傾化すれば、連立解消に向けた遠心力が働くことは避けられない。よほど明白かつ大幅な景気後退懸念が広がらない限り、こうした政治情勢が一段落するまでは、大幅な財政政策の転換は難しそうだ。

仮に連立政権が崩壊する場合、連邦議会の安定過半数を確保できる組み合わせは、CDU・CSU、緑の党、自由民主党(FDP)の3党によるジャマイカ連立(各党のイメージカラーが同国の国旗の配色に似ていることから一般にこう呼ばれる)以外にない。だが、議会の解散・総選挙で議席を倍増できる緑の党は連立組み替えに反対する可能性が高い。その場合、次の総選挙に出馬せず、政界引退を示唆するメルケル首相の去就や、選挙後の安定政権の樹立が不安視される。

左派なら財政拡張の一方、環境規制強化も

現在の世論調査から判断すると、CDU・CSUと緑の党が連立を組むか、緑の党とSPDと左翼党(LINKE)による左派政権が考えられる。特に後者の場合に財政の拡張度合いが高まろうが、前者の場合も緑の党が政権入りすることで環境対策を中心に財政はやや拡張的となりそうだ。いずれの場合も財政出動という観点からはドイツ経済にポジティブだが、環境規制の強化による企業負担の増加は避けられない。特に主力の中国市場の低迷と環境規制対応に苦しむ自動車業界の事業環境が一段と悪化する可能性がある。

欧州や世界景気の下支え役としてドイツの財政出動に期待する声もあるが、当面は締めすぎた財政の手綱を多少緩める程度の政策転換しか期待できなさそうだ。ドイツが大幅な財政拡張に舵を切るのは、より鮮明な景気後退に見舞われた後か、政権交代で緑の党が政権入りした場合に限られよう。前者の場合、既に世界的な景気後退が現実のものとなっていそうで、後者の場合、ドイツの政局不安定化と自動車産業の苦境が一段と高まっていそうだ。ドイツに世界景気の救世主役を期待することはできそうにない。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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