課題先進国日本の「人生100年時代の社会契約」 「やってみなはれ」精神で少子高齢化を考える

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物的条件はもちろん重要で、限界はあってもGDPが依然として有益な指標なのは、吉川教授の論じるとおりだ。しかもすでに公的債務が巨大に膨れ上がっている今の日本の場合には、成長も欠かせまい。

しかし、物的条件は幸福な社会のための重要ではあってもやはり1つの手段である。平和で豊かな社会に誰も反対するはずはないが、長寿を享受すればするほど、1人ひとりの人生には確実に限界があることを強く意識せざるをえないのが、高齢化社会の現実ではないだろうか。

人々の幸福は家族や地域コミュニティーなどでの人間関係に大きく依存するというラウシュ氏の指摘は、そんな時代にはますます当てはまるだろう。そう考えると、長時間職場に縛り付けられ職場組織外での人間関係が乏しい定年退職後の男性は、不利な立場にあることになる。

家庭や地域コミュニティーなどの職場以外の場で人間関係を充実させるには、ワークライフ・バランスを大きく変えねばなるまい。また職場でも家庭でも、性別や年齢による役割分担を見直すのが、求められる方向性であるのは明らかだろう。

リスクをとる勇気

このように社会の仕組みを総合的に変えていくのには、公的部門も家庭も企業もそれぞれがリスクをとる勇気が求められる。

戦後日本を支えてきた諸制度は、冷戦の終焉、バブルの崩壊、経済の長期的停滞、政権交代、神戸と東北の大震災とさまざまなショックを経ても、驚くほど強靭に再生産されてきた。

そうなったのは、これまでの日本の諸制度にはそれなりの利点があったからなのだろう。

例えば日本のサービス産業は至れり尽くせりの「おもてなし」で、外国人観光客にも人気だ。礼儀正しい店員、時間に正確な交通機関、確実に届く宅急便。だがそういったサービスも低賃金労働で支えられてはいないだろうか。エステベス・アベ准教授は、レストランで若くて大切なはずの労働力が1000円にも満たない昼食を運んでいるのを見ると、「胃がキリキリと痛む」と言う。海外ならこれは確実にセルフサービスになっているだろう。

日本の雇用慣行には、確かに若年失業率を抑制し、職場や社会の人間関係を安定させる効果もあるだろう。しかしそれこそが、正規雇用につけない人々を社会の周辺に追いやるとともに、リスクをとって様々なイノベーションに挑戦する活力を社会から奪ってはいないだろうか。

では心地よい停滞の中にあって、将来への不安から、人々が職場と貯蓄にしがみついて身動きできなくなっている状態から、社会全体の仕組みを再編成するには、どこから手を付ければよいのだろうか。

家庭内のライフスタイルや民間企業の雇用慣行を政治の力で無理矢理に変えることは、望ましくもないし可能でもないが、少なくとも税制は人々のインセンティブを変える上で有効な政治的手段だ。

しかし高齢化時代への挑戦は、政治や行政だけの仕事ではない。

企業でも、家庭でも、教育の場でも、地域社会でも、時代の変化をチャンスと捉えて、リスクをとって挑戦する姿勢と、それを受け入れる社会の寛容性が強く求められる。

そういった活力は、筆者のような年功序列の雇用制度に守られてきた現役世代男性や、胸に「安全第一」と刻まれている会社の重役よりも、これまで力を発揮する機会に恵まれなかった人々、女性、地方の若者、元気な退職世代といった人々のほうに期待すべきなのかもしれない。

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さまざまな試みが行われても、挫折も失敗が確実にあるだろう。でもともかくそれぞれの持ち場でできることをやってみようではないか。

この日のシンポジウムを主催したサントリーの創業者、鳥井信治郎は「やってみなはれ」が口癖だったという。そして、さまざまな試みが、エモット氏の言う「人生100年時代の新たな社会契約」に収斂すれば、それこそ世界に対する日本の意義ある貢献となるのではないか。

田所 昌幸 国際大学特任教授

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たどころ まさゆき / Masayuki Tadokoro

1981年、京都大学法学部卒業。1981 - 83年、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学。1984年、京都大学大学院法学研究科博士課程中退。1984年 - 87年、京都大学助手。1987 - 97年、姫路獨協大学法学部助教授、教授。1997‐ 2002年、防衛大学校社会科学教室教授。2002-2022年、慶應義塾大学法学部教授などを経て、現職。その間、ピッツバーグ大学ジョーンズタウン校客員教授(1991年)、ニューヨーク市立大学ラリフバンチ国連研究所客員研究員(1993 - 94年)、ウォーター大学客員研究員(2016 - 17年)。博士(法学)。専門は国際政治学。著書に、『「アメリカ」を超えたドル』(サントリー学賞受賞、中央公論新社、2001年)などがある。

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