「対メキシコ関税」は経済危機の発端ともなる トランプ氏の独断に震撼するアメリカ産業界

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報道によると自由貿易推進派のスティーブン・ムニューシン財務長官に加え、USMCA批准への影響を懸念するロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表も対メキシコ関税発表を阻止しようとしたという。だが、自由貿易推進派のラリー・クドロー国家経済会議(NEC)委員長は手術のため入院中、地元のインディアナ州に自動車産業を多く抱えて自由貿易推進派であったマイク・ペンス副大統領はカナダ訪問中であった。ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問は同関税策に反対したとも報道されているが、同氏も中東を訪問中で不在であった。

したがって、発表前のホワイトハウスでは大統領の政策に同調する移民政策強硬派のスティーブン・ミラー大統領補佐官やIEEPA利用の正当性を主張するピーター・ナバロ大統領補佐官(通商担当)、パット・シポロン大統領法律顧問などに対し、反対勢力が欠けていた。昨年以降、ゲーリー・コーンNEC委員長、ロブ・ポーター秘書官などが去った後、保護主義に大幅に傾いたホワイトハウスだが、30日の発表直前には大統領を阻止できる勢力はより限られていた。

対メキシコ関税のアメリカ経済への影響は甚大だ

対メキシコ関税の影響として主に5点が懸念される。

(1)遠のくUSMCA早期批准

5月17日にメキシコとカナダの鉄鋼・アルミ製品に対する追加関税(1962年通商拡大法232条)の撤廃をトランプ政権は発表した。それを機に、カナダ、メキシコは自国議会での承認プロセスに動き始めたばかりであった。アメリカでも30日にトランプ政権はUSMCA施行法案の要点をまとめた「行政措置の声明案」を議会に提出しており、USMCAが北米各国で批准される可能性はわずかながら高まっていた。

だが、対メキシコ関税発動の可能性を発表したことで、USMCA早期批准の希望は消えつつある。関税が発動され、しばらく適用されることとなれば、2020年大統領選前の批准は極めて困難となろう。

(2)アメリカ自動車産業の競争力低下

デトロイト3(フォード、ゼネラルモーターズ、FCA)を代弁するアメリカ自動車政策評議会(AAPC)、アメリカ自動車工業会(AAM)、グローバル・オートメーカーズなどの自動車業界団体は即時に反対を表明した。2018年のメキシコからの財の輸入は3465億ドルで、アメリカの輸入相手国としては中国に次ぐ第2位。2019年第1四半期の対メキシコ貿易総額は1506億ドル(輸出:640億ドル、輸入:866億ドル)に上り、中国を上回る第1位である。

だが、貿易額以上に関税の影響は大きい。25年前に発効したNAFTAによって北米地域の製造業は複雑なサプライチェーンを構築している。中でも自動車産業を支える品目の多くは国境を何度も越える。アメリカ自動車部品工業会(MEMA)によると、自動車の組み立ての過程で一般的に部品は8回ほどアメリカとメキシコの国境を越えるという。そのたびに追加関税が課され、さらに、メキシコ側からの報復関税の対象となれば、コストが累積していく。この点、何度も行き来することはない米中間の貿易とは異なる。

(3)報復関税がエスカレートするおそれ

「哀れなメキシコ。神様からはとても遠いが、アメリカにはとても近い」

筆者がメキシコ人から聞いた言葉だ。ネメシオ・ガルシア・ナランホ元公教育相(任期:1913~1914年)が残した言葉で、多くのメキシコ人の心の底にあるアメリカ観を象徴する表現だという。メキシコとアメリカとの関係には歴史があるが、必ずしも良好ではなかった。1845年にアメリカはテキサスを併合し、翌年から約2年間は米墨戦争が繰り広げられた。だが近年では、特にNAFTA発効によって域内経済が一体化し、国境対策でも協力するなど両国は親密な関係を構築していた。

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