あるカリスマ数学教師の「変態」を育てる授業 「どうせできない…」の壁を越えさせる名人技

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チャイムが鳴っても生徒たちは手を止めない。

「あ、できた!」

「ここにも『変態』がいた!」

誰が教えても同じようにできる授業には価値がない

この日、生徒たちは間違いなく、幾何の考え方以上のものを学んでいた。後日、イモニイに授業の意図を聞いた。

おおた としまさ(以下、おおた):イモニイの授業は1問にものすごく時間をかけたりしますけど、あれで範囲を終えることはできるんですか。

井本陽久(以下、イモニイ):それ、答えが結構カンタンです。僕は2つの目標をもっています。1つは「これは知っておいたほうがいい」って知識を押さえること。もう1つは「絶対に無理だと思っていたのに……あれ? 自分でできちゃった!」っていう体験をさせること。どこまでやるかを最初から決めるんじゃなくて、この2つのバランスを見ながらやります。だから最初からカリキュラムを決められません。

おおた:僕が思うに、ほとんどの先生は「この教科書を終わらせなきゃ」「これだけの問題数解かせなきゃ」っていうふうなことに縛られてしまっているし、社会としてもそれを先生に求めていますよね。

イモニイ:それで自分が身に付いていないということが、みんなわかっているのに……。不思議なんですよねえ。ここからここまでは絶対にやるとか決めてしまったら、そんな面白くない授業ってない。

おおた:先生に自由にやらせようということになると、次に出てくるのが、先生の力量によって終えられる範囲に差が出ちゃうじゃないかみたいな批判でしょう。

イモニイ:それは、当たり前ですよね。どの先生が教えても同じようにできる授業なんて価値がないです。それこそまったく記憶に残らない授業じゃないですか、おそらく。あとはなんだかみんな、「教えたことが身に付く」って思っているから。あ、そっちのことが大きいかもしれないなあ。

本当に教育を突き詰めている人は、みんな当たり前のようにわかっていること。「教えたことは身に付かない」。これはハッキリ言える。考えさせないと身に付かない。なのに範囲を終えるために駆け足になって、いちばん重要な考える時間を削ると絶対身に付かない。レッスンプランを考えるときにも、「理解させられたか」よりも「考えているか」を気にしたほうがいい。

おおた:だからイモニイは、授業中に答え合わせをせず、家で考えてもらう。

イモニイ:でも宿題にするのは嫌。それでいわゆる「おみやげシステム」にしています。宿題って効果があるのか疑問だし、自分は宿題なんてやったことなかったし(笑)。あと、これもハッキリ言えますが、宿題じゃないのに自主的にやることで、自分の学びに誇りがもてるんですよ。だから宿題にするよりおみやげにするほうが結果的にみんなちゃんとやってくるし、時間もかけてくれる。

おおた:逆転の発想ですね。

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授業を見学に来ていた神奈川県立高校の数学教師たちも目を輝かせていた。そのうちの1人は感激を抑えられない様子で私にこう言った。「これが本来の学びなんですよね。学びって本当は楽しいんですよね」。普段の自分たちの授業とのあまりの違いに、ポジティブな意味でのショックを受けたようだ。

2020年から新学習指導要領がスタートする。それに準じた検定教科書も用意されている。それらに対する私の第一印象は、「誰でも高度な授業ができるようになるマニュアル的な学習指導要領と検定教科書」である。

その狙いはわかるし、それを実現するための関係者の努力には頭が下がるが、一方で、その議論こそがすでに「どんな教育が正解か」という正解主義に陥ってはいないだろうか。

それでは自分で試行錯誤する教師は育たないだろうし、「正解がない時代」に生きる力を子どもたちに授けることも難しいのではないか。イモニイの授業を見て、そんな懸念が頭をよぎった。

おおたとしまさ 教育ジャーナリスト

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Toshimasa Ota

「子どもが“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。今、子どもと一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。育児・教育をテーマに執筆・講演活動を行う。著書は『名門校とは何か?』『ルポ 塾歴社会』など80冊以上。著書一覧はこちら

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