対米交渉の実力者を解任、北朝鮮の思惑は何か 「失脚」ではなく、指導部の世代交代も理由

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2月の首脳会談に対し、北朝鮮メディアも事前に関連報道を多く流していたこともあり、そのぶん「合意なし」という結果に落胆した市民が多かったのではないかと、日本人の訪朝者は説明する。国民の失望をなだめるために、交渉実務の責任者だった金英哲氏が解任されたとなれば、納得はできる。実際に、実務交渉メンバーだった金革哲(キム・ヒョクチョル)国務委員会対米特別代表は、元々の所属である外務省に戻された。これは、事実上の更迭とされている。

外交の世界では「首脳会談に失敗なし」とされる。それは、首脳同士が会うまでに双方の実務陣が交渉を重ねながら妥協点を見出し、首脳会談はその妥協点を確認し、発表する場であるためだ。今回の米朝首脳会談では両国の実務陣が協議を繰り返したのにもかかわらず、合意できなかった。「軍出身の金英哲氏は、相手の主張にきちんと耳を傾けないなど、独善的な傾向があった」(北朝鮮関係者)との指摘がある。そんな性格も会談で成果を出せなかった一因と見られている。そのため、金委員長が軍出身者の能力に疑問を抱いたとしても不思議ではない。

実務責任者の若返りが狙いか

さらに、4月25日に行われたロシアと北朝鮮との首脳会談に金英哲氏は同行しなかった。逆に、李容浩(リ・ヨンホ)外相や崔善姫(チェ・ソンヒ)氏など外務官僚が中心となって同行団が構成されていることも、今回の「金英哲責任説」に重みを持たせている。

一方で、今回の人事は指導部の世代交代の一環、という説にも説得力はある。今回の最高人民会議で、憲法上の国家元首となる最高人民会議常任委員長は、委員長職を長らく務めてきた金永南(キム・ヨンナム)氏から、金委員長の最側近とされる崔竜海(チェ・リョンヘ)氏に交代した。金永南氏は91歳、崔竜海氏は69歳。ほかの政治局や中央委員会のメンバーも、若返りが図られている。72歳の金英哲氏も要職にはとどまっているが、実務責任者を若返らせるため、統一戦線部長職も対象となって世代交代を行ったという見方だ。

新任のチャン・グムチョル氏の経歴についてはよくわかっていない。韓国メディアの報道では、年齢は50歳代半ばで韓国との交流などで経験を積んできた人物だとされ、「民族和解協議会」「朝鮮アジア太平洋平和委員会」といった朝鮮労働党の外郭団体など、韓国の民間団体などの窓口となる交流機関で働きながらキャリアを積んできた人物とされている。

しかし、金英哲氏に関する人事が及ぼす影響を強く受けるのではないかと見られている組織がある。2011年に金正日総書記が死去、金正恩委員長が後を引き継いで以降、「総勢200人ほどの、30~50歳代の若いブレーン組織」(中国の北朝鮮関係者)が存在する。この組織は金委員長直轄の組織で、一連の核開発に関する専門家や外交・国際関係分野、経済分野など、幅広い領域の、有能で若い専門家で構成されているという。彼らが出した分析や提言がそのまま金委員長に直接届けられ、これまでにも主要政策の計画・立案などに反映されてきた力のある組織だ。

そして、このブレーンを実際に管理してきたのが金英哲氏だ。今回の人事で、彼がこの組織から外されたのかどうかはまだわかっていない。仮に外されたとすると、この組織の新たな責任者に誰が就くのかも注目される。それは、金正恩委員長が世界に対して見せる一挙手一投足が、彼らブレーン組織の助言の強い影響を受けている可能性がとても高いためだ。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『金正恩の「決断」を読み解く』(彩流社)、『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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