売れない会社は顧客1人すら具体的に知らない 耳を傾け理解できれば成長の発想が見える

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筆者自身、古典的なコトラーやポーターにはじまり、さまざまなマーケティングの主義手法や戦略構築の方法を学び、試していましたが、自分なりの納得いく手法をつかめずにいました。マーケティング戦略がどんなに論理的で洗練されているように見えても、フタを開けてみれば成功しないのです。

一方、ロジックが弱く説得性に欠けていても、人を引きつける"何か"があると感じられる場面は、大きな成功につながりました。その点で、筆者がマーケティングにおいて最も大切にしているのは、1人の名前を持つ具体的な顧客、"N=1"を徹底的に理解することです。

これを確信したのは、 2006年にロート製薬に転職して取り組んだ化粧水「『肌ラボ』極潤」のマーケティングです。2004年に新発売した本商品は、ヒアルロン酸を高濃度に配合しており、しかも1000円前後と非常に安価でした。当時、筆者はP&Gで日本と韓国の小売りマーケティング部門を担当し、新商品をつねにチェックしていたので、この商品の登場は覚えています。

支持されながらも、伸び悩んでいた「肌ラボ」

当時の基礎化粧品の市場はコモディティ化しており、資生堂、カネボウ、コーセーなどの大手メーカーが、女性タレントを使ったイメージ訴求や洗練されたパッケージのデザイン性などを打ち出して寡占していました。

顧客が求める化粧水としての浸透感を演出するために、肌にはあまりよくないはずのアルコールを配合した商品もあるような中で、成分にこだわり抜いたロート製薬の「『肌ラボ』極潤」というプロダクトは目立っていました。

粒子の大きなヒアルロン酸の高濃度配合を特徴としながら、そのために、肌への浸透感は高くなく、ベタつきを感じさせ、パッケージもデザイン性を無視したような文字だらけの仕上がりだったからです。訴求も、「ヒアルロン酸がたっぷり入った化粧水」「製薬会社がまじめに作った化粧水」などと典型的なメーカー視点で、決して顧客目線とは思えませんでした。

その後、ヘッドハンターから同社のマーケティング責任者としてオファーがあり、2006年に入社しましたが、「肌ラボ」は年間20億円程度の売り上げで伸び悩みながらも、携わっていたマーケティング部員たちは「もっとポテンシャルがある」と感じていました。

同社のマーケティング部にはもともと、定量的な調査などに頼らず、小売店や繁華街に足を運んで顧客に直接話を聞いてマーケティングを考える独特の習慣があるのですが、そこで聞こえる声には少数ながら、商品を強く支持する意見があったのです。

そこで、商品企画部と広告制作部も共同で、実際の顧客へのインタビュー調査を行いました。すると、1人のお客様がベタつきと安さを褒めながら、笑顔で「頬が手にくっつくくらいベタベタする」と、その場で商品を使って手が頬にくっつく様子を示したのです。私たちも笑ってしまいましたが、さらに、「ベタつきは好きではないが、これが保湿されている証拠」と力説されました。実際に、ベタつくほど肌表面を保護するからこそ、保湿力が高い商品だったのです。

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