東大生が教える「文章に自信過剰な人」の盲点

うまく書けたはずなのに「伝わらない」ワケ

また、「書く」だけではなく「話す」のにも文章を作る能力が求められますよね。なんらかの説明でも、自分の意見の表明でも、文章を作る能力がないと支離滅裂なことを言ってしまいます。

僕も昔は、「自分は文章が書けていると思っているけど伝わらない」「自分はうまく話せていると思っているけど支離滅裂」な、自信過剰な人でした。

そんな僕が、2浪の末に東大に合格して、今では9作本を出版させていただいているのですから、人生はわからないものです。

今日は、作文能力皆無だった僕がやっと気付いた「伝わるし評価される文章の書き方」を、みなさんにご紹介させてください。

文章は「読者のため」のもの

どうすればいい文章が書けるのか?

これを考えるためにはまず大前提として、「誰にとっていい文章なのか?」を考える必要があります。

例えば、自分にとって納得できる文章が書ければそれでいいのでしょうか? 違いますよね。

いい文章というのは、「『読む人が』評価してくれるもの」でなくてはなりません。いくら自分で満足していたとしても、「いい文章が書けた!」と思っていても、読んだ人から一言「これ、ダメな文章だね」と言われてしまったら、その時点でアウトなのです。

昔、僕は試験で「これなら点がもらえるだろう!」と思った文章が、ことごとく0点にされるという経験をしました。

自分が満足して、自分の中で「これだ!」と思うものを書くことにはあんまり意味がないのです。それよりも、読む人・文章を評価する人の気持ちを考えないといけないのです。

その前提に立って考えたときに、次の文章のうちどちらが「いい文章」でしょうか?

【ある1冊の本を誰かに紹介する文章】
①この本は、タカシがヨシコに対して抱いていたリスペクトとコンプレックスについて書かれた本である。
②この本は、主人公が幼馴染の女友達に対して抱いていた複雑な感情が書かれた本である。

どちらも日本語的にミスがあるわけでもありませんし、どちらを読んでも「へー」と、読者はある程度その本のことがわかると思います。しかし、「誰かに本の紹介をしたい」という目的を考えると、まず間違いなく②のほうが適切な文章だと言えるでしょう。

この①と②の違いはたった1つです。「その本を読んでいない人に向けて書かれているかどうか」です。

例えば、本を読んでいない人に対して「タカシが〜」と語っても、タカシがどういう登場人物かわかりません。「ヨシコに〜」と言っても、ヨシコというのがどういう人なのかわからず、混乱してしまうと思います。

次ページ「誰に向けて書くか」が決定的に大切
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