「日本一愛される鉄道」が直面する10年後の運命

JR東が切り離した路線を引き継いだ三陸鉄道

その後の協議において、JR東日本と三陸鉄道、沿線自治体の間で基本合意書が締結された。原状回復費用140億円はJR東日本が負担し、まちづくりや地盤のカサ上げなどに要する70億円は公的資金を活用して自治体が負担する。さらに、JR東日本は関係自治体に山田線の鉄道施設や土地を無償譲渡したほか、運行後の赤字を負担する「移管協力金」として、30億円を地元自治体に支払った。

一方で、気仙沼線と大船渡線のBRTは、鉄道と比べた運行頻度の向上や柔軟なルート設定が評価され、当初の仮復旧から本格復旧という位置づけに変わり、鉄路復活の芽はほぼ消えた。山田線については、鉄路にこだわった地元住民の粘り勝ちである。

山田線の復旧工事は2015年3月にスタートした。JR東日本は2016年度に宮古―豊間根間と釜石―鵜住居間を先行復旧させ、その後、2017年度に豊間根―吉里吉里間、2018年度に吉里吉里―鵜住居間と順次開業させる案を提示した。全線一括開業よりも間違いなく地元の心理的効果が大きい。三陸鉄道としても完成したところからどんどん動かしたかった。

工事中の大槌川橋梁=2016年(記者撮影)

しかし、CTC(列車集中制御装置)の構築が間に合わず、先行開業した区間では手旗信号で運行管理する必要がある。信号員の人件費がかさむため、やむなく一括開業ということになった。

最後まで残った工事が吉里吉里―鵜住居間にある大槌川橋梁である。橋桁は完全に流され、橋脚は倒壊。新たに橋を建設するという大工事となったが、2018年7月に無事完成。その後はディーゼル機関車による試験走行などを経て無事開業にこぎつけた。

復興のシンボルになった三鉄

記念列車の出発時に釜石駅ホーム上で行われた記念式典(記者撮影)

3月23日午後、宮古市内で行われた運行記念式典に多くの関係者が駆けつけた。震災当時、三陸鉄道の社長を務めていた望月正彦氏の姿もあった。県の盛岡地方振興局長などを務めた後、震災の前年にあたる2010年に同社社長に就任した。沿線人口の減少やモータリゼーションで鉄道の利用率が落ち込む中、赤字続きの経営をどう立て直すかが望月氏に課せられていた役割だった。

だが、翌年の震災により、望月氏は非常事態における危機管理で獅子奮迅の活躍をした。「動かせる区間だけでも動かしたい」として、震災のわずか5日後に一部区間で運転を再開。「この状況下では売り上げよりも地域に役立つことを優先したい」と、乗客から運賃を取らなかった。がれきの中を懸命に走る列車に人々は勇気付けられ、三陸鉄道は復興のシンボルとなった。

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