国税庁はなぜ「節税保険」にとどめを刺したのか 契約した中小企業経営者は金融庁に「恨み節」

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現在、国税庁は生保各社に対して実施した経営者向け保険に関するアンケートや商品データをもとに、新しい税務取り扱いのルールを策定中だ。具体的には、保険種類を問わず、ピーク時の解約返戻率が50%超の商品について、損金算入割合が見直される可能性が高い。

この状況下で、現在生保各社は前述のプラチナフェニックスのような災害保障重視型の定期保険だけでなく、これまでの通達にのっとれば大手を振って販売できるはずの長期平準定期保険や逓増定期保険のうち、解約返戻率が50%を超える商品までも、新しい税務取り扱いルールが決まるまでは、販売休止にせざるをえない状況に陥っている。販売再開は5月末頃とも6月末頃とも臆測が流れるが、現時点では未定だ。

深刻なのは、国税庁の新ルールが適用されるのが、新ルール以降の新契約だけなのか、新ルール以前の契約にまでさかのぼって適用されるのかということだ。国税庁の担当者は「現在検討中だが、過去にさかのぼって遡及適用の可能性もある」と話す。

節税目的の保険の存在意義とは

もし、遡及適用となれば現場の大混乱は必至。保険料が全額損金扱いになると思って契約した保険の税務上の取り扱いが変わるため、保険契約そのものを解約する企業が増えるとみられる。そうなれば保険会社は想定より早い段階で、解約返戻金の支払いに追われることになる。代理店や募集人も、早期解約では代理店手数料の返還などを求められる可能性もあり、販売面の打撃は避けられない。

こうした国税庁などの動きに対し、「金融庁が保険商品を認可するときに、国税庁に法人税の取り扱いに関しての見解を聞いていれば、問題はこれほど大きくこじれなかったのではないか」という恨み節も中小企業経営者から漏れ聞こえてくる。

もともと節税を目的とした保険の存在そのものに懐疑的な声はあった。相続・事業承継が専門の保険代理店「A・B・U・K・U」(アブク)の鉄尾猛司代表は「中小企業の経営者に万が一のことがあった場合に、相続・事業承継を円滑に進めるために加入するのが経営者向け保険の本来の役割。そのために最も必要なのは十分な死亡保障であり、節税だけを目的とした保険には、相続・事業承継の“そ”の字もない」と語る。保険料や解約返戻金が適正な水準で、万が一の死亡保障も備えた経営者向け保険はもちろん存在する。

今回、取材を進める中で、経営者向け保険を積極的に販売したある生保会社から、「法人向け保険はもう死んだ」という声も聞かれた。だが、それは時期尚早ではないか。

保険という商品は物品などとは異なり、販売してそれで終わりという類いのものではない。購入した時点(入口)では、顧客は保険の価値や効用を実感することはできない。いったん販売したら、その出口(保険金や給付金、解約返戻金受取りなど)までしっかりとサポートする必要がある。これはたとえ節税対策の保険であっても、その基本は変わらないだろう。

例えば今回問題視された災害保障重視型の定期保険にしても、第1保険期間の10年間は、万が一病気で死亡しても、支払った保険料総額を下回るお金しか受け取れない。経営者がそのことを理解していたとしても、遺族からすれば高い保険料と釣り合わない保障の低さに納得いかない思いの人も出てくるとみられる。実際、すでに募集人との間でトラブルになっている例もあるという。

国税庁からは早晩今後の方向性が示されるだろうが、たとえどのような内容の通達が出ようとも、経営者向け保険の在り方について生保業界として原点に戻って考え直す必要性がある。

高見 和也 東洋経済 記者

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たかみ かずや / Kazuya Takami

大阪府出身。週刊東洋経済編集部を経て現職。2019~20年「週刊東洋経済別冊 生保・損保特集号」編集長。

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