体外受精の着床前検査「異常が7割」という衝撃 本来は「禁断」の臨床研究から得られたこと

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臨床試験は、学会に認定された実績あるクリニック4カ所で得られた、見た目はよいと判断された胚が調べられたのだが、染色体本数が正常だった胚はたった3割ほどしかなかった。

日本では今、胚を子宮に戻す「胚移植」が全国で年間25万回以上も行われているが、その多くが、実は、染色体異常胚を戻しているということになる。

今回の臨床試験は35歳から42歳という年齢の高い女性を対象にしたので、正常胚がここまで少なかったのだろう。とはいえ、日本の体外受精は、この年齢層がボリュームゾーンだ。

冒頭の香織さんにとって臨床試験への参加は、治療の幕を引くきっかけとなった。香織さんも、子どもを望みながら年齢が高くなってしまった女性のひとりだった。

「もう、頑張らなくていい」

子どもを持とうと思ったのは30代半ばでの結婚と同時だったが、妊娠相談に行った病院で子宮頸がんが見つかり、まずはその治療に取り組むうちに年齢はさらに高くなった。37歳で体外受精をして妊娠反応は得たが、その妊娠は流産に。そこへ追い打ちをかけるように、翌年もまた流産をしてしまった。流産した子の細胞を調べると、どちらも染色体の本数が違っている生まれえない命だったとわかった。

たまたま着床前検査の臨床試験に参加する認定施設にかかっていた香織さんは、検査を希望。承認審査の順番を待っていたが、その間にも年齢は上がってしまい、40代に入ると、培養中に成長が止まってしまう胚が増えてきた。着床前検査は胚の細胞が5個ほど必要なので、細胞がたくさん増えた「胚盤胞」の段階まで成長しないといけない。順番がやっと回ってきて、何とか育った3個の胚を検査に送り出したのだが、そのすべてが染色体に本数違いが起きている胚と判明した。

「その結果を見たとき、自分の卵子ではもう本当に妊娠は難しいのだと感じて諦めがつきました。『もう、これ以上、頑張らなくていいぞ。終わっていいぞ』と背中を押してもらったような気持ちでした」

治療をやめるとき、香織さんは診察室で初めて泣いた。「早く妊娠しなければ」という焦りから、やっと解放された涙でもあったかもしれない。

「長かったですね。でも、私はやり切りました。ただ、これから不妊治療をする人たちには、まだ卵子の状態がよいうちに選択肢があるようにしてあげてほしい」

胚盤胞がたくさんできていた30代の頃を振り返り、香織さんは最後にそう言った。

香織さんは、治療をやめたあと養子縁組について話を聞きに行ったりしたが、その後、家族とよく話し合い、今は、夫と愛犬との暮らしをずっと続けていくつもりだ。

香織さんがかかっていたセント・ルカ産婦人科(大分県)の宇津宮隆史院長によると、今回の臨床試験は、クリニック全体としてもかなり厳しい数字だった。

同施設からは17人の患者が学会に承認され、全部で42個の胚が解析に出された。そのうち、染色体本数が正常と判定された胚は、わずか8個しかなかった。率にして、わずか31%だ。多くの胚が生まれる見込みがまったくない胚で、複数の染色体に過剰や不足があったものもたくさんあった。

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