オートサロンがここまで成長できた歴史事情

かつての改造車ショーが今や市民権を得た

当時、東京オートサロンの実態は、改造部品などの即売会、または車両改造の契約会だった。雑誌での露出が多い有名ショップと呼ばれる、地方の改造車修理工場では、オートサロン開催中だけで数千万円も売り上げていた。

自動車メーカーと改造部品メーカーが入れ替わり

当初、自動車メーカー各社は東京オートサロンとは一定の距離を置くようなイメージを持っており、正式に出展するまでにはかなりの年数を要した。

なにせ、主催者である三栄書房で発行して改造車の雑誌では、上記のような道路交通法に明らかに違反する行為を助長していたからだ。

ところが、2000年代に入ると東京オートサロンが様変わりする。自動車メーカーの出展が徐々に増えたのだ。

その背景あるのは、まずは改造車ブームの終焉だ。その理由はさまざまあるのだが、技術的にはベースとなる新車が小さな部品だけの交換が難しいモジュール化を採用したり、車載コンピュータの仕組みが複雑となり改造にはコストがかさむようになったりした。また、ベース車そのものが廃番となり、日本国内でのハイパワーなスポーティ車が一気に減少した。

ダイムラーは新型メルセデスAクラスの音声認識技術を強調する展示(筆者撮影)

そして、最も大きな理由は、やはり「若者のクルマ離れ」である。当時の携帯電話、いわゆるガラケー、それに続くスマホの登場で若者の関心が一気にクルマから離れていった印象がある。こうして、改造部品メーカーや改造車を取り扱う自動車修理工場の倒産や転業が相次ぎ、改造車を扱う自動車雑誌は急激に減少していった。

一方、日本国内販売の強化や多様化に迫られた自動車メーカーは、改造ではなく、アフターマーケットと呼ばれる合法的な改良品の発表の場として、またはモータースポーツ活動の推進の場として東京オートサロンを活用する流れが出てきた。

こうした流れが、「東京オートサロン2019」にも引き継がれていると、オートサロンの現場で感じる。メルセデス・ベンツの出展なんて、1980年代の「あのオートサロン」からはまったく想像できない光景である。

だが、ショー会場を歩きながら「なにかがおかしい?」と感じる。そこに、日本自動車産業界が抱える大きな課題がある。後編でさらに深掘りしたい。

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