世界最大級「木下サーカス」を知っていますか 結成116年「超エンタメ集団」の舞台裏

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実は、唯志氏が受け継いだとき、木下サーカスは負債が膨らみ、内情を知る顧問税理士は「廃業」を強く推した。だが、唯志氏は「立て直せる」と助言を退け、10年で債務を完済。見事に立ち直らせた。

V字回復の要因を問われると、唯志氏は「一場所、二根、三ネタ」と答える。「場所」は公演地の選定であり、公演現場の運営を指す。「根」は営業、販促に必要な根気を、「ネタ」は文字どおり演目を表す。この家訓のように受け継がれた3つの要素を地道に磨きつつ時代に合わせた変化を取り入れ、驚異的な観客動員力を維持している。

準備期間20年の大阪うめきた公演

では、唯志氏が真っ先にあげる「場所」はどう選び、いかにして決めるのか。

そこで、信用がものを言う。たとえば、現在、公演中のJR大阪駅北口、旧梅田貨物跡地「うめきた」が決まるまで、オーバーに聞こえるかもしれないが、20年の準備期間があった。前回、木下サーカスが梅田で公演したのは1999年。ヨドバシカメラの梅田ビル着工前の空地で公演を催し、約36万人を集客している。

当時、大阪駅周辺の都市再開発は旧国鉄清算事業団(現・鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が差配していた。ヨドバシ梅田ビルの土地には旧大阪鉄道管理局庁舎があった。唯志氏ら木下の経営陣は、公演が終わった後も、ヨドバシカメラはもとより、事業団へのあいさつは欠かさなかった。組織が変わり、担当が変わっても必ず顔をつなぐ。

都市再開発では、古い建物がクリアランスされると、一時的に更地が生まれる。新たな建物の着工前に現れた更地は、恰好の「場所」なのだ。いつ、どのように再開発が動きだすかで「場所」が浮かんだり、消えたりする。「うめきた」は鉄道・運輸機構とUR都市機構が手を携えて再開発を始めた。唯志氏は言う。

「お世話になった方々にごあいさつを欠かさず、ご縁を大切にするのは、木下家が代々、大切にしてきたこと。とくに計算してやっているわけじゃありません。人脈や信用は、自然に培われるものでしょう。『うめきた』も、まさかあそこでできるとは思っていなかった」

URは2013年4月、「うめきた」の1期再開発で「グランフロント大阪」を完成させた。ちょうどそのころ、木下サーカスは横浜・JR桜木町駅前で公演をしていた。すぐ横のアイランドタワーにはURの本社がある。UR職員たちは、観客が長蛇の列をつくるサーカスの盛況ぶりに瞠目した。何もなかった空地でビジネスが展開されている。

URは全国に開発途上の空地を抱えている。風とともに来て巨大なテントを建てて何十万人もの人を集め、風とともに去っていく木下サーカスは、空地の暫定利用にうってつけだ。賃料も入るし、終われば跡形もなく消えて更地に戻る、これはいい、と多くのUR職員の頭にインプットされる。実績イコール信用だ。それが「うめきた」公演に結実したのである。

「場所」は時代とともに移り変わる。かつて、神社仏閣の「高市(たかまち)」と呼ばれた縁日がサーカスの庭だった。戦後の高度成長とともに地方から都市への人口集中が進み、地域の共同体が崩れると高市も廃れた。都市の空地は減り、再開発の用地や地方博の会場などが「場所」に浮上。最近は、大型ショッピングモールの隣接地との相性がいい。

観客は、サーカスを楽しむ前後にショッピングや食事をモールで楽しめる。入場までの待ち時間もモールで潰せる。

新たな「場所」を求めて、木下サーカスの先発隊は地を這うように動いている。

山岡 淳一郎 ノンフィクション作家

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やまおか じゅんいちろう / Junichiro Yamaoka

1959年愛媛県生まれ。一般社団法人デモクラシータイムス同人。出版関連会社、ライター集団を経て独立。「人と時代」「公と私」を共通テーマとして、近現代史、政治、経済、医療、建築など分野を超えて執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書に、『ゴッドドクター 徳田虎雄』『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』『医療のこと、もっと知ってほしい』『生きのびるマンション  ふたつの老いをこえて』『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』『ボクサー回流』『マリオネット』『原発と権力』『インフラの呪縛』『ドキュメント 感染症利権』など。最新刊に『ルポ 副反応疑い死』。

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