発達障害の子が親に求める「ただ1つのこと」 栗原類、借金玉が社会に適応できた理由

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借金玉:僕は自分の本の中で、「会社に入ったらまずその部族の掟をキャッチしろ」と書いているんですが、その起点になっているのは自分の家族という部族の掟がわからなかったからなんです。しかも、親が言う「正しさ」の意味を理解できず、「自分が悪いんだ」と思って病んでしまった。結果、そのまま社会に出た20代は非常に苦労しました。栗原さんのように、親が「正しさの理由」を一つひとつ説明してくれたら理解できたと思うんですが。

栗原:類はアメリカの学校を出たので、日本とアメリカの学校教育の違いも大きいと思います。向こうは、人との距離の取り方を小さい頃から教える文化がありますから。たとえば、学校の授業に誰かが遅刻してきたら、日本では先生も生徒もその子を責めたり叱ったりしますが、アメリカは「遅れてきてそのぶん授業が受けられなかったのは、その子の責任で、ほかの子に何も影響はないわけだから他人が口出しすべき問題ではない」という指導を徹底しているんですね。

みんな仲が良いことを前提にしていること自体おかしい

借金玉:みんなと同じことをやらないとずるいとか、人として失格とか、そういう文化が日本の学校教育にはありますからね。周りと足並みをそろえるのが苦手な発達障害者にとっては特にきついと思います。僕は小学校・中学校とほぼ不登校でしたが、学校のそういう文化が自分に全く合っていなかったという部分が大きいです。馴染めなかったですね。

栗原泉さん(撮影:尾形文繁)

栗原:価値観や考え方が違う人間が30、40人もいるクラスで、みんな仲が良いことを前提にしていること自体おかしいんですよね。40人中数人でも嫌な思いをしている子どもがいる状況で行う教育は、その時点で失敗していると思います。みんな仲良くないことを前提にするところからはじめたほうがいい。

借金玉:アメリカは多民族国家で、多様性を重視しているためか、先生が必要以上に感情的な介入をしないのもいいと思います。

栗原:子ども同士が殴り合いのけんかしたときも、日本では本人同士に謝らせて、親同士も頭を下げますよね。でもアメリカでは親に謝らせないんです。謝ってしまうとそこで終了してしまうので。冷静に事態を把握しないと、次に同じようなことが起きないための問題解決になりませんからね。当事者同士が謝り合っても受け入れられるとは限らないので、先生がそれぞれ問題解決に向けた対応をしてくれるわけです。

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