発達障害の子が親に求める「ただ1つのこと」 栗原類、借金玉が社会に適応できた理由

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借金玉:僕も家に文学全集がありました! 三島由紀夫を読んでも僕の親が望むような正しい生き方は学べないですけどね(笑)。あるとき、実は僕以外誰もちゃんと読んでないことに気づきました。

親からは「まじめにやれ。正しくあれ。勉強しろ」と言われ続けましたけど、正しいってどういうことなのか、なぜ勉強しなければいけないのか、誰も教えてくれなかった。結局、地元の北海道を飛び出して自分で進むべき道を探しました。

結果的に本が好きになって文章を書く仕事につながったことは感謝すべきですかね。

子どもが何を求めているのか、見極めた進路選択を

借金玉:そういう意味で学校選びは大事ですよね。僕は早稲田大学に入って、だいぶ居心地がよくなりました。あの大学は日本人は多くても多民族社会で、年齢も経験も宗教も派閥もバラバラでしたから。教授や先生も、監督やボスではなく知恵を与えてくれる存在だったのがありがたかったです。

栗原:類が通っていた高校も単位制で、自由度の高い学校だったので、すごく楽しそうでしたよ。一応クラスはあるんですが、自分が好きな授業や行事を選んで単位を取ることができたので。

借金玉:僕もそういう学校に行きたかったです。高校はさっさと辞めて自分で勉強すればよかったと今となっては後悔しています。精神科通いをもう少し減らせたかもしれない。

最近、「学校に行けない、辛い」という中高校生からよく相談を受けるんですが、「行かなくていいよ」と答えています。発達障害の二次障害であるうつを発症してしまう前に、「学校に行くのが普通」という世間の一般常識を全部外して、自分が何を求めているのか考えた上で環境を最適化したほうがいいです。ただ、一方で「その代わり学習は自力で何とかする必要がある」と言わねばならないのが辛いところですが。

栗原:発達障害であればなおさら、子どもが何を求めているのかを親が見極めて導いてあげなければいけないのに、そうできていないケースが圧倒的に多いように思います。子どもが自分自身で考えるのは大変ですからね。

借金玉:子どもは何もわからないので、どんな能力を身に付ければどんな働き方の可能性があるのか教えてほしいんですよね。僕は長男で、「公務員になるしか生きる道はない」という家庭で育ったので、北海道でずっと絶望していました。あのまま公務員か教師にでもなっていたら、おそらく生きていけなかったと思います。実際初めて勤めたお堅い職場は勤まらなかったですしね。

『発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

栗原:私は、社会に出たら絶対に働かなきゃいけないことはわかっていたけれど、会社員にも公務員にもなりたくなくて。社会に出る直前に、フリーランスという働き方があることに気がついたからまだよかったですけど。

たとえ親が自分と違っていても、なぜそういう価値観や考え方をするのか言葉で説明してくれれば理解できるんですよね。

でも何の説明もなく、自分が言うことがすべてで正しいと思わせたい親が多すぎる。そういうふうに縛り付けておきながら、子どもが大人になって不幸になっても、「それはお前の責任だ」と言われたらたまったもんじゃないですよ。親のエゴを外して、その子どもの個性に合う教育はどういうものなのか、そこから考えていけば、発達障害があるなしに関係なく、適切な方向へ導いてあげられると思います。

(構成:樺山美夏)

栗原 泉 翻訳家通訳・音楽ジャーナリスト

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くりはら いずみ / Izumi Kurihara

25歳で栗原類さんを出産し、子育てにふさわしい環境を求めて類さんが5歳の時にニューヨークへ移住。類さんが8歳のときにADD(注意欠陥障害)と診断され、自身もADHD(注意欠如・多動症)と診断される。類さんの小学1年での留年や、帰国後中学での不登校などさまざまな困難を乗り越え、類さんがモデル・俳優として活躍する現在まで親子で障害を乗り越えてきた。著書は『ブレない子育て』。

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借金玉 発達障害サラリーマン

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しゃっきんだま

1985年生まれ。診断はADHD(注意欠如・多動症)の発達障害者。幼少期から社会適応ができず、紆余曲折を経て早稲田大学を卒業後、金融機関に就職。まったく仕事ができず逃走した後、一発逆転を狙って起業。一時は調子に乗るも大失敗し、それから1年かけて「うつの底」を脱出。現在は営業マンとして働く。著書に『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』。
ブログ 「発達障害就労日誌」
ツイッター @syakkin_dama

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