貧困を救う手立てがあまりに弱い日本の現実 結局、階層間の景色が共有できていない
阿部:難しいことであるのは承知のうえですけれど、そういうふうに政策議論を高めていかないかぎり、現状の問題はなにも解決していかない。必ずしも貧困政策じゃなくてもいいと思うんです。
鈴木:と言いますと?
阿部:住宅補助なんてのも最たる話で、日本では住宅に対して扶助が出るのは生活保護者などごく一部だけなんですけれども、一般にも住宅費で苦しんでいる人がいっぱいいるわけですよね。そういう現実を見ながら、「おかしいよね」っていうふうに話が進んでいくべきなんです。貧困者に対する対策じゃなくて、住宅政策そのものの問題としてとらえていく。最終的には、これがしっかりした貧困対策にもなりますよね。
鈴木:なるほど。直接、貧困問題を訴えずとも、貧困解消につながる政策が立ち上がる。
阿部:現状、メディアに出てくる政策の議論はすごく上っ面です。児童手当なんて、なんで1万円とかでみんな我慢してるんだと思うんですよ。理由は、別に子育て対策でも少子化対策でも何でもいいですよ。でも、こんなに少額なのは直感的にもおかしいじゃないですか。
「フランスの児童手当はすごい金額が出る」という話はよくメディアでも紹介されますが、そこから「なんで、フランスでできて、日本でできないのか」という話だとか、「やっぱり子育てがこんなに大変なのはおかしいよね」とか、そういった話をもう少ししてほしいんです。メディアでもネットでもいいですけどね。
鈴木:いや、そのメディアというか記事は作りましょう。今どうしようもなく耳が痛いんです。なぜかというと、僕のみならず記者業の人間は、海外はどうなのかという比較や、数字を見てどうのっていうのが苦手なケースが多くて、とにかく当事者のことを伝えて、政策的なことに関しては専門性の高い人たちの中でやってくれと、話を丸投げしているんです。
そもそも密度の高い当事者取材をやっていたら、議論を提出している余裕なんかないし、議論を提出するのは、ルポの現場を引退した先生方でやってくれよと思う。
でも一方で、現場を離れて取材もしてないのに政策論だけ語るジャーナリスト先生に対しては、「老害じゃん」って感じで少し白い目で見てる。それはやっぱりよくないことですね。実際そうやって現場を知らんジャーナリスト先生が書いたものはコンテンツ力としても弱いし、だったら現場報道だろうと。
阿部:この手の話に興味を持って聞いてくれる人がどれだけいるか、ですよね。受ける人がいないから記事もない。そうも言えますもんね。
鈴木:そうだけど、そう言っているだけではいけないと、僕、思いました。難しい話を読みたいと思える企画にするのもプロの仕事ですからね。
日本人は税金を払うことに慣れていない
鈴木:今、阿部さんはフランスの例を出されましたが、あの国は住宅支援のほかにもいろいろ手厚いそうですね。その財源って、どうなっているのですか?
阿部:手厚いのはフランスだけじゃなくて、欧州を中心にあちこちあります。政策の財源は基本的に税金です。それは社会保険料という名前かもしれないし、所得税なのかもしれないし。
鈴木:消費税かもしれないのか……。