「計画運休」定着と福知山線脱線事故現場の今 その後のJR西日本は「安全最優先」となったか

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そう淺野氏は苦笑する。事故の遺族というより、震災復興や公園の設計を長年手掛けてきた都市計画コンサルタントの目で見てしまうのかもしれない。

事故現場の整備をめぐり、JR西は2012年からアンケートや説明会を行って遺族・負傷者の意見を集約してきた。マンションは全棟保存から完全撤去まで意見が割れ、犠牲者名碑についても判断が分かれた。意向調査の結果、約90人の名前が刻まれたというが(JRは総数未公表)、常時公開は68人のみ。内部の石板に刻み、事故命日のみ公開してほしいという人もいれば、あくまで非公開を望む人もいる。

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また、現在は姫路市近郊の倉庫に保管されている事故車両(1~4両目が残っているが、事故による破損、救助活動や撤去時の切断などで原型はとどめていない)を展示するかどうかでも意見が分かれている。同じ遺族でも、現場保存や追悼に望む形がそれぞれ異なるのは、震災被災地などでも見られることだ。

淺野氏は、犠牲者名碑に妻の名を刻むこと自体を了承しなかった。彼にとって、亡き妻を悼むのは家族の個人的な問題であり、ここはその場所ではない。事故の悪夢を断ち切り、前を向こうと歩き始めている娘のためにも縛られたくない、という。だが一方で、事故を社会に記憶させ、教訓を語り継ぐ場所として、何よりもJR西が真に安全最優先の企業へ生まれ変わる原点として、この場所はぜひ残さねばならないと考えてきた。自らの感情を封印し、「事故の社会化」を目指して苦闘してきた彼の、それが強い願いである。

JR西の課題は「社内の風化防止」

祈りの杜には、事故を伝える部屋が設けられている。脱線に至る運行経路や時間・速度の推移、大破した車両や救助活動など現場の状況、JR西の安全策の不備や組織風土といった背景要因まで含めた事故原因、それに淺野氏も深く関わってきた事故検証や安全確立への取り組み。そうした詳細が事故調査報告書や報道・社内資料を引用する形で展示されている。

淺野氏がふと足を止めた。車両ごとの乗客死亡数が壁に示されている。1両目で42人、2両目で57人、3両目で3人、車両不明の死者が4人。彼の家族は2両目に乗っていた。ほぼ真ん中から「く」の字に折れ曲がった車両の図を見て、こう漏らした。

「女房が死んだ状況なんて想像したくはないけど、これではひとたまりもない……」

事故から13年以上が経ち、JR西では社内の記憶の風化をいかに防ぐかが課題になっている。この祈りの杜は、自社が起こした取り返しのつかない事故の反省と教訓を社員たちに刻み込む場所でもある。社員を交代で常駐させ、研修にも活用する。事故命日の追悼慰霊式典は、来年からはここで開催する意向だ。

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