選択迫られたリーマン社員、仁義なき人材争奪の修羅場
破格の条件を提示した野村 それでも大量離脱の動きが
その間も、リーマン社員へのヘッドハンティングは続く。野村と雇用契約を結ぶ前に、有力な人材を囲い込もうとの攻勢が強まっていた。
この間、リーマン社員の誰もが自分に声がかかっている事実を、社内でひた隠しにしていた。また、金融庁から業務停止命令が下っていた“開店休業状態”の中で、転職先を積極的に探し続ける者もいた。
野村に雇い入れられるといっても、リーマン社員の一部には不安があった。「野村に行けば、給料が大幅にダウンするのではないか」。
外資といえども、事務系の間接部門で働く社員の待遇は国内金融機関とそう変わらない。だが、現場で“稼ぐ”人材には破格の高給を払っていた。「30~40代でも(日本企業の『次長職』に当たる)バイス・プレジデントの肩書きで、年収3000万円はザラだった」(元社員)。
いくら日本の最大手とはいえ、平均年収で1398万円(野村HD、平均年齢39・8歳)の水準では、一部のリーマン社員には、大幅な給与ダウンになる可能性もあった。
ところが、野村は破格の報酬条件を提示した。それは9月30日夜。リーマン日本の在籍社員に配信されたメールに記されていた。「月額報酬について、社会保険料なども含めて、当面はあなたが直近に得ていたのと同等の金額を保証します。ただし、今年末のボーナスについては、来春以降に分割して支払います」
この条件に多くのリーマン社員は納得した。ひとまず、当面は生活水準の悪化が避けられるからだ。「無理して転職しなくても、極端な話、何も仕事しなかったとしてもおカネがもらえる」と喜ぶ者もいた。
実は野村が条件を提示する前に、「野村に行けば待遇が悪くなる」と見て、現状から1~2割減の報酬条件を提示した金融機関に、早々に転職した人材もいた。その当人には、予想外だったかもしれない。
この時点でも、複数の転職候補先と待遇面での条件交渉を続けていた者もいた。「野村よりもよい条件なら、そこに移る」。実際に、野村がリーマン社員に条件を提示した後に、リーマンを去った人材もいた。
リーマンから大量に移籍した代表例は、英バークレイズ系のバークレイズ・キャピタル証券に移籍した約100人だろう。いずれもリーマンの株式部門出身者である。
これまで日本で機関投資家向けの株式業務を展開していなかったバークレイズにとって、リーマン日本法人の破綻は、有力な競合の株式部門を丸ごと引き抜いて、同分野に進出する千載一遇のチャンスとなった。
しかし、野村への移籍が原則となるリーマン社員に、表立っては転職を勧誘できない。そこでバークレイズは、ヘッドハンター経由で、リーマンの株式部門の人材に、それぞれ個別交渉する作戦に出た。