「世界ふしぎ発見!」が33年も続いている必然

レジェンド・オブ・クイズ番組は何が凄いのか

最初の放送は土曜夜10時から。1986年4月19日だった。古代エジプト編から始まる。台本はガリ版刷りだった。NHKを退社しフリーで活動していた草野仁さんを司会に迎える。クイズという初めてのバラエティの司会には逡巡していたという。だが草野さんは企画書を読み、「あなたもインディ・ジョーンズになりませんか」という明るい書き出しに、今までの番組とはちょっと違う感覚と思わせる“何か”を感じたという。映画『インディ・ジョーンズ』シリーズがそのころ日本で大ヒットしていた。

黒柳徹子さんとはアメリカで私のいろいろな番組に出演していただいていた。ロサンゼルス、ラスベガス、ニューヨーク、ニューオーリンズ。そこで食事したディナーのメニューをしっかり覚えていた。その記憶の凄さを頼って歴史クイズ番組への出演をお願いした。「これはただ正解を競う番組ではありません。歴史をテーマにする番組で、クイズを考えながら自分ならこう思うという、トークを大切にするクイズ&トークショーです」と話した。

戦時中、黒柳さんの歴史の教科書は検閲で真っ黒に消されていたという。「私は歴史をしっかり勉強したい。だからどこの国をテーマにするか、どの人物をテーマにするかは教えてください。それをきっかけに勉強します。それなら……」。

私たちは方針を変えた。出演者にはその週のテーマを教えることにした。だがどんな勉強をされても簡単にわからないアンサーを考えよう。リサーチャーたちは燃えた。だから日本で一番難しい、だけど面白いと言われるクイズ番組が生まれた。正解を目的とするクイズ番組ではない。そこで語られる人間の知恵に共感するような知的エンターテインメント番組にした。

第1回は「古代エジプト文明」だった

第1回は古代エジプト文明を主題にした。だが私たちはいきなり国際情勢がこの番組に大きな影響を与えることを知らされた。カイロ市内で暴動が起きたのだ。スタッフは活動を阻止され、後続のスタッフは他国の空港で待機させられた。

その時代の連絡方法は固定電話しかなかった。インターネットも携帯電話も無い。頼りはTelexという帯状の細い紙に打たれた文字を解読する通信方法だけだった。こんな時代によく海外取材番組ができたと思う。今より遥かにハードな取材を続けた。ハプニングにも驚かない強靭なスタッフが集まった。番組のコンセプトに共感した海外のコーディネーターが自主的に協力を申し出てくれる。

4月19日、番組第1回放送の出演者は草野仁と黒柳徹子、板東英二、野々村誠(現在名・真)、和田アキ子、井上順だった。野々村は番組で誠実に考えるキャラクターを求められた。期待に応えて、答えが外れる。だがその外れ方も奇想天外で、人気が出る。彼と答えが一番重なるのは意外なことに正解率1位の黒柳さんである。直感が同じ方向を向く。ただ、その説明に差があると黒柳さんは指摘して彼と同視されないよう警戒する。こうしたチームワークの良さは無類である。草野さん、黒柳さんは第1回から1500回に近づく現在まで無欠席である。

次ページやさしい目線で歴史を語ると視聴率が急上昇した
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