北朝鮮は「ソビエト」最後の日々をどう見たか ゴルバチョフと北朝鮮の指導者の違いは?

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ソ連の指導層は、ゴルバチョフ氏の改革に対して一枚岩だったわけではない。ロシア共和国の初代大統領に就任したボリス・エリツィン氏のように、さらに急進的な改革派が存在する一方で、ゴルバチョフ氏の改革路線を「裏切り」とみる守旧派も存在した。ゴルバチョフ氏に反感を抱く守旧派グループは、ゴルバチョフ氏は理由もなく西側諸国に対して譲歩に次ぐ譲歩を重ね、偉大なる祖国を破壊し、ソ連を無政府状態に追いやりつつあると考えていた。守旧派は決意した。国を救うには実力行使しかない――。

クーデター計画を首謀したのはウラジーミル・クリュチコフ国家保安委員会(KGB)議長だったと目されている。クリュチコフ氏はドミトリー・ヤゾフ国防相の支持を取り付けていたが、ゴルバチョフ氏を排除した後に大統領の職を代行できるのは副大統領のゲンナジー・ヤナーエフ氏しかいなかった。優柔不断かつ気弱な人物として知られるヤナーエフ氏は守旧派に抱き込まれた。

「裏切り者のゴルバチョフ失脚」を告げる街宣車

新連邦条約の調印を翌日に控えた8月19日、計画は実行に移される。守旧派グループはゴルバチョフ氏を自宅に軟禁、「国家非常事態委員会」を名乗り、テレビ放送を通じて以下のような声明を発出する。

ゴルバチョフ氏が健康上の理由から大統領を辞任し、ヤナーエフ氏率いる国家非常事態委員会に全権が委譲された――。

声明は、次のような脅し文句で終わっている。

ソ連の政府機関、行政当局、公務員、国民のすべては、問答無用で国家非常事態委員会の決定に従うものとする。

元帥の称号を持つヤゾフ氏の命令で、軍隊がモスクワに出動した。

北朝鮮政府もことの推移を注意深く見守っていた。当時、ロシア大使として北朝鮮に駐在していたのは、アレクサンドル・カプト氏。ソ連共産党のイデオロギー委員会で委員長を務めたことのある人物で、守旧派によるクーデターに大喜びしていた。北朝鮮は歓喜するカプト氏の気持ちに寄り添い、「裏切り者のゴルバチョフが失脚した」ことを告げる街宣車を走らせた。しかし、北朝鮮政府はクーデターが本当に成功したのか、いまひとつ確信が持てずにいた。ソ連での出来事を伝える朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」の論調も、慎重かつ中立的なトーンに貫かれていた。

当のモスクワでは、国家非常事態委員会が首都を完全には制圧できなかったことが、すぐに明らかになる。多くの市民がエリツィン氏の呼びかけに応じ、抵抗運動に加わったからだ。エリツィン氏は、ゴルバチョフ氏が不在の間はロシア共和国大統領である自らが全権を掌握すると宣言、軍隊に撤退を命じた。

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