一流の科学者が「神の存在」を信じるワケ

最先端を突き詰めた先に見たものとは?

たとえばニコラウス・コペルニクス(1473~1543年)のお話。まったく知らなかったのだが、コペルニクスはキリスト教の司祭でもあった。しかし、地動説に気づいてしまう。その考えは口コミで広まり、教皇の耳にまで届くが、当時の説の精度の低さからか、さして咎められはしなかった。

意外なことに、聖書の教えに背く者として徹底的に糾弾したのは、カトリックではなく、宗教改革の火の手をあげたマルチン・ルターであった。おもしろいのは、ルターから徹底的な攻撃をうけたコペルニクスだったが、宗教戦争の時代にルター派の若者をかくまったということだ。コペルニクスが心優しき聖職者でもあったことがよくわかる。

「宇宙はもっと美しいものであるはずだ」

コペルニクスは心から神を敬い、神がどのような宇宙を作ったかを知りたかった。そして、「宇宙はもっと美しいものであるはずだ」という考えから、宇宙に複雑な仮定が入り込むことを許せなかったのだ。その考えが、観測が進むにつれて矛盾が噴出していた天動説を否定することにつながり、地動説という新しい時代の宇宙論の嚆矢となった。

コペルニクスの考えが正しいことを明確に証明したガリレオ・ガリレイ(1564~1642年)は、ご存じのとおり宗教裁判にかけられた。コペルニクスと同じく、キリスト教の教えをおおきく揺さぶったガリレオだったが、自身は神の存在を疑うことなどまったくなかった。

ガリレオと入れ替わるかのように生まれたのがアイザック・ニュートン(1642~1727年)である。ニュートンは、運動方程式の確立、万有引力の発見、微分積分法の開発などを、わずか1年半の間、それも25歳になるまでに成し遂げたという真の天才だ。ちなみに、そのニュートン、人間のことは信じられなかったが、無神論者を説得するほどに、創造主としての神のことは信じていた。

ニュートンの業績により、初期値さえわかれば、全知全能の神でなくとも方程式を使って未来を予測できる、ということになってしまった。言い換えると、神の領域が科学の領域へと引きずり下ろされたのである。聖職者にとっても科学者にとっても、どれだけ大きな衝撃であったろう。この時代から、議論は、神そのものの存在ではなく、「宇宙に創造主は存在するか否か」へと収斂していくことになる。

本の後半、は読んでのお楽しみだが、もうひとり、三田先生と同じく、聖職者であると同時に物理学者であったジョルジュ・ルメートル(1894~1966年)だけは紹介しておきたい。宇宙膨張論はエドウィン・ハッブル、ビッグバン理論はジョージ・ガモフによると世に知られているが、じつは、いずれもルメートルが先んじていたというから驚きだ。

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