マルキオンネへの評価はさまざまであるのも、また事実だ。アニェッリ家、FCAグループへの大きな貢献は歴史に残るものであろう。経営危機に直面していたクライスラーを子会社化。フィアット・グループの構造改革により企業価値を在任中に10倍以上向上したこと。フェラーリの業績も大きく向上され、株式上場を成功させたこと。ある意味でイタリア自動車産業の雇用を守ったことなど、大きな貢献があることは誰もが認めるところだ。
一方で、批判もある。コストカッターとして、北アメリカ、イタリア両国において多くの人員削減を行ったこと。IR活動を目的として、場当たり的なプランを多数発表したにもかかわらす、計画を大きく下回るニューモデル投入しかできていないこと。そして、脈略のない思い付きの決断により現場を疲弊させたこともマイナスポイントであり、工場のあるトリノやモデナなどではワーカーたちによるストライキも頻発している。
しかし、マルキオンネの采配がなかったとしたら、FCAはいったいどうなっていたであろうか? アルファロメオのニューモデル「ジュリア」や「ステルヴィオ」は誕生していなかったかもしれないし、北アメリカ市場へ輸出も再開していなかったかもしれない。マセラティにしてもいまだ数千台しか作ることができない体制のままだったかもしれない。そんな状況を想像するなら、これらブランドは存続の危機に立たされていたのではあるまいか。
変革することを恐れない意思
「私たちは14年間にわたって内外の予想もつかなかった困難に立ち向かってきました。そしてマルキオンネは私たちに独自の考え方を持つこと、変革することを恐れない意思を持つことの重要さを教えてくれました」。これからFCA、そしてフェラーリのマネジメントという重責を担うジョン・エルカーンはマルキオンネに対して、今回このようなコメントを残している。
イタリアという国は多くの当たり前の生活をしている大衆が、ごく少数の稀有な存在を敬い尊重する。そしてその期待の星であるごく少数がとてつもない偉業を成し遂げる……、とよく言われた。多くの敵を作りながらも、強引ともいえるリーダーシップを突き進めていったマルキオンネのような才能が、危機を迎えると誕生してきたのが、イタリアという国なのかもしれない。
「自動車のことは何もしらない」と揶揄されたマルキオンネだが、彼と働いた開発スタッフに言わせるとスタイリングもエンジニアリングも、結構解っている人物だと評す。また、ヨーロッパの格式あるディナーでも、唯一人、セーター姿で現れるが、これはカリスマでも、エレガントでも、カーマニアでもないニュートラルな立場でいたいし、自分もそう見られたいという彼流のカモフラージュのように私には見える。
そのことをじっくりと聞いてみようと思っていたのだが、それも今や叶わない。彼は少し生き急ぎ過ぎたようだが、はたして彼のリーダーシップを引き継ぐことのできる才能はいったい何時、現れるのだろうか。
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