金正恩の実兄「正哲」は一体何をしているのか ギターを弾きながら平壌でひっそり生活?

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21日の夕方も、クラプトンの公演を見に行ったが、日本の報道が伝わり、公演会場の周りには記者が詰めかけていた。もっとも人気(ひとけ)のない入り口を探して、中に入ったが、そこにも記者が待っていた。

正哲は、気にもせず公演を満喫したが、公演が終わると記者や野次馬が正哲の周辺に押しかけ、騒ぎとなった。それまで周囲で見守っていたイギリス政府の警護員たちが正哲を取り巻き、外に連れ出した。イギリス政府も、正哲の入国を把握していたのだ。そして、21日夜は記者の追跡をかわして、ロンドンのヒースロー空港近くに宿を取り、最終日となる22日の朝、正哲一行は午前10時40分発の飛行機で、ロシアを経由して帰国した。

これが、太永浩が約61時間にわたって行動を共にした正哲の姿だった。

肩書のない兄

正哲にはホルモン異常があり、女性のように見えるという証言もあった。しかし太永浩は、韓国に亡命後、複数のインタビューで「特に感じることはなかった」と答えている。

ただし、正哲には何の肩書もなかった。北朝鮮は肩書社会だ。金ファミリーの一員なら、「金正哲同志」「金正哲大将」などと呼ぶのが自然だが、なにもなかった。しかたなく「チョウ(あのう)」と呼びかけた。

太永浩は、この本の中で、「正哲が金正恩を助けているなら、何らかの職責と呼称がなければならないが、私が見た正哲は、音楽とギターにだけ入れ込んでいる人物であり、金正日の息子というだけだった」と書いている。

その後、正哲の消息はほとんどわかっていない。韓国の情報機関、国家情報院が、正哲が弟の正恩に対して「本来の役割ができていない私を見守ってくれ、大きな愛を施してくださった」という卑屈な忠誠文を送ったことがあると発表したことがある程度だ。

2017年2月には、母親違いの兄である金正男が、旅行先のマレーシアで毒殺されている。このことは正哲も知っているに違いない。核交渉で米国とギリギリの交渉を続けている弟の怒りに触れないよう、平壌でギターを弾きながら、ひっそりと生きているのかもしれない。

【2018年7月13日23時20分追記】初出時、金正男について「義理の兄」と誤記していましたが、上記のように訂正しました。

五味 洋治 東京新聞 論説委員

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ごみ ようじ / Yoji Gomi

1958年、長野県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞東京本社入社。韓国・延世大学に語学留学の後、1999年から2002年までソウル支局に勤務。2003年から2006年まで中国総局勤務。この間、2004年に北京国際空港で金正男に偶然会ったことからメールのやり取りが始まり、のちに単独インタビューを実現させる。2008年8月から10カ月間ジョージタウン大学にフルブライト留学。現在は東京新聞論説委員。著書に『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋)、『父・金正日と私 金正男独占告白』(文春文庫)など。

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