愛甲猛の転落生活をトコトン支えた妻の献身 人気プロ野球選手の光と影をともに見てきた
猛さんがプロとして、一番こだわっていたことが“何があっても絶対に試合を休まない”ことだった。年間130試合フル出場し、それを毎年続けることを目標としていた。そんな夫の健康管理と体調維持を任された、妻には、日々、大きなプレッシャーがかかっていた。
時間のない猛さんのために、気分よくバッターボックスに立ち、ケガなく自分の好きな野球をさせてあげたい――その一心で精一杯尽くした。そして佐知子さんの支えの下、猛さんは535試合連続でフルイニング出場するという偉大な記録をうちたてることができた。これは、パ・リーグ記録として、今も破られていない。
30歳を越えてから夫・猛さんは体力の衰えもあり、徐々に成績が下がり、32歳の時、ついにレギュラーを外された。
そんなある日、妻・佐知子さんは、夫のある行動を目撃した。薬のようなものを取り出し飲んでいたが、ただのサプリメントだと思った佐知子さんは、特に疑問を持つことはなかったが、これは禁断の薬、筋肉増強剤だった。
『筋肉増強剤』は、男性ホルモンの値を上昇させることで、短期間で劇的に筋力をアップさせるという薬。当時、アメリカ・メジャーリーグでも1980年代から多くの選手が使用し、大きな体で豪快なホームランを放つ姿が、ベースボールの象徴のようにクローズアップされていた。
今でこそプロ球界では禁止薬物に指定されているが、当時は、禁止規定などは存在せず、猛さんもその禁断の薬の力に頼ったのだ。
その後、猛さんは33歳で中日に移籍。筋肉増強剤の影響でロッテ時代よりも上半身が大きくなり、パワフルなバッティングで活躍した。ところが上半身がたくましくなった一方で、下半身への負担が増え、以前から持病だった足首の痛みが悪化していった。
現役生活を長く続けるために、筋肉増強剤まで使ったことが、皮肉にも選手生命を縮めることになった。そして猛さんは38歳で現役を引退した。
現役を引退して1カ月が経ったある日。猛さんが外出先から帰宅後、足に違和感があり、すぐに見てみると、足が膨れあがっていた。さらに、突然、胸の痛みに襲われた。すぐに病院で診察を受け、夫・猛さんは絶対安静の状態となった。
医者から告げられた病名は、「閉塞性動脈硬化症」。一歩間違えれば、死んでいたかもしれないほどだった。文字通り、動脈硬化が原因で血流障害が起きる病気。それにより血栓が出来やすく、脳梗塞や心筋梗塞を併発する恐れがあり、最悪の場合、死に至る危険性もあった。
この時、夫・猛さんは38歳だったが、血管年齢は、70歳以上という診断が下された。原因は6年間服用し続けた、あの筋肉増強剤だった。筋肉増強剤の副作用により、血液中のコレステロールなど脂肪成分が増えることで動脈硬化が進行していた。
そこまでのリスクがあることなど、猛さんは思ってもいなかった。夫がプロ野球選手を引退して、新たな人生を踏み出そうとした矢先に見舞われた、生命の危機。2カ月の入院で、何とか一命はとりとめた。
九死に一生を得たが、次々と起こる試練
九死に一生を得た猛さんは、自らの経験をふまえ、筋肉増強剤の服用がいかに危険なのかを現役選手たちに伝えたいと、ある取材を受けた。
ところが、その記事は、『球界のクスリ漬け』という、プロ野球界のイメージを悪くしかねない、センセーショナルな見出しで掲載されてしまった。そのため猛さんは、野球界から距離を置かれるようになっていった。
悪いイメージがついてしまった猛さんには、野球関係はおろか、何の仕事のオファーも来なくなった。
時間を持て余す日々が続く中、佐知子さんが何か話しかけると心無い言葉を浴びせられた。それでも、妻は、夫の苦しみを理解しようと努めた。
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