広がる「30歳まで新卒」、その可能性とリスク

優秀な若者だけが就職できる社会になる?

そもそも新卒一括採用の始まりは大正初期にさかのぼる。第一次世界大戦を契機とした資本主義経済の飛躍的な発展のなかで企業が優秀な人材を確保することがその目的であった。戦後、推薦や縁故採用が主流の時代を経て、就職情報誌が登場し学生に広く情報が行き渡るようになり、現在ではネットを介した就活が当たり前になるなど、様式は大きく変化した。しかしその間、失われた何十年と言われるほど景気が低迷し続けても、大正初期の著しく高まった人材ニーズを満たすために始まった「新卒一括採用」という仕組みは根強く続いてきたのだ。

「30歳まで新卒」の取り組みの先駆けとなったリクルートは、これまで同制度をグループの一部で行っていたが、2019年採用からグループでの新卒採用を統合するにあたり、全体への適用を決定している。同制度が継続・拡大しているところを見ると、おそらくうまく進んでいるのだろう。

景気の影響を強く受ける新卒採用の動向を予想することは難しいが、少なくとも数年はこうした新卒適用年齢の拡大の動きが広がっていく可能性が高い。時代の要請に合っているという認識からか、経済界からもおおむね好意的に受け入れられている。

「30歳まで新卒」がはらむリスク

ただ、手放しで喜んでばかりもいられない。筆者がいちばん恐れていることは「30歳まで新卒」が広がることで、今以上に若年層のスキルアップが自己責任化されていくことである。どういうことか説明していこう。

企業の採用の支援を行うジョブウェブの佐藤孝治会長は、『〈就活〉廃止論』(2010年)の中で、人を育てる役割を企業に丸投げしてきた社会と、成長が鈍化するなかで人材育成を担えなくなった企業の「両者の狭間のエアポケットに落ちて、受け取り手がいない」ということが今の学生が直面している現状である、と指摘した。

筆者も著書『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか?』(2017年)で、若年転職者が増え、彼らの職業人としてのスキルアップを担う存在がいないなか、彼らに生じるリスクが不条理に自己責任化されていっているという問題を指摘した。育成機能を企業が担ってきたことも、その機能を企業が担えなくなりつつあることも、誰かに責任があるということではない。ただ、経済発展の鈍化や社会設計の過程で、若年層の職業人としてのスキル育成を担う存在が日本において失われていったのは事実である。

その状態を放置したまま「30歳まで新卒」という流れが広がることは、大学卒業から入社までの時間的猶予を認める分、その間の自身のスキルアップが自己責任化されることにつながる。その結果、与えられた時間をうまく活用できる人材とそうではない人材が生まれ、格差を増幅させる可能性がある。

「大学卒業後の時間を有効に使えない人は、新卒ですぐ就職すればよいではないか」という意見もあるだろう。しかし、企業の短期的な経済合理性を追求すれば、29歳まで自ら鍛錬し、必要なスキルを身に付けて入社してきてくれる人材が誰より欲しい人材となる。そうした人材はまさに即戦力として活躍してくれるだろうし、人材を育てるコストも削減できる。もちろんそんな意図で「30歳まで新卒」を導入するわけではないだろうが、極端に言えばありうる事態である。

そう考えると、大卒者にとっては、「30歳まで新卒」は競争の激化を意味する。新卒一括採用は、突き詰めればパイの奪い合いである。30歳までが新卒扱いとなれば、既卒者や一度どこかの企業で鍛錬を積んだ人材、あるいは起業してさまざまな経験を積んできた人材と、大卒者は限られたパイをめぐる戦いを強いられ、その競争の弱者となる可能性がある。

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